AmazonのデスノートとWalmartの逆襲:後編

第二部:Walmartの逆襲

Jet.comから始まるWalmartの逆襲

Walmartの停滞を変えるきっかけになったのが、Jet.comの買収である。

Jet.comの存在は、日本では馴染みがないかもしれない。それもそのはず、同社は2014年に創業し、わずか2年でWalmartに買収されているのだ。Jet.comは、「eコマースのコストコ」を標榜して生まれた、会員制ホールセールのECである。購買ロットは大きめだが、多く買うほど安くなる。年会費は50ドルである。このサービスを世に出した創業者のマーク・ロア(Marc Lore)氏は、もともと投資銀行クレディ・スイス・ファースト・ボストンの出身で三和銀行で投資を担当していたこともある。その後アントレプレナーに転じ、いくつかの企業を立ち上げ、売却しながらEコマースにたどり着き、Diapares.comというベビー用品専門のECを始める。このビジネスは好調だったがAmazonとの熾烈な競争で赤字転落、そしてそのAmazonに5.5億ドルで売却することになる。その売却資金で立ち上げたのがJet.comであり、これを2016年、Walmartに33億ドルで売却した。

となると、ロア氏は更に増えた売却資金でまた新しいビジネスを始めるかファンドでも立ち上げそうだが、彼はWalmartに残り、EC部門のトップに就任する。WalmartはJet.comブランドを残しつつ、ロア氏に主導権をもたせ、様々なECブランドの買収を開始する。いわゆるホーム&ガーデン商品の専門ECであるHayneedle, テイラー・スウィフトにも愛されるヴィンテージ・アパレルのModclothなどを次々にJet.com名義で買収。Walmart本体名義でも、D2Cの騎手とさえ言われたBONOBOSや靴専門のSHOES.comなどを買収し、WalmartのEC売上は連結で爆発的に成長を遂げる。Jet.com買収前までのWalmartのEコマース市場シェアは2.8%だったが、2019年には4.6%まで伸び、Appleを抜いた。Amazonとの差はまだまだ大きいが、2位のeBayの背中はもうそこまで見えている。



WalmartはAmazon化するのか?それとも?

Walmartはいまデジタルトランスフォーメーションの真っ只中にいる。もう少し正確に言うならドライブがかかった、と言える。有名なWalmart Labが設立されたのは2013年だし、自社媒体を管理するWalmart Media Groupも2005年に設立されている。それでも、最近までAmazonにいいようにやられていたWalmartだったが、ここにきて息を吹き返したかのように次々に革新的な打ち手をリリースし、数字もそれに応え始めている。

Walmartは何故、ここまで対応に時間がかかってしまったのだろうか?

ECの巨人、Amazonが消費者にもたらしている購買体験は「店舗に行かずにモノが買える」という、Eコマース企業ならどこでもやっているものである。ただ、彼らはこの体験で得られる価値の最大化を突き詰めていく。彼らは、1クリック購買や使いやすいUIによって、消費者がモノを入手するときの最大のストレスである商品検索と決済の負荷を可能な限りゼロに近づけていった。サーバーパフォーマンスを上げ、リコメンデーションの精度を上げ、ミリ秒レベルのパフォーマンス改善を積み上げて、現在に至っている。また、EC最大の弱点である注文から配送へのタイムラグを解決するために、自社物流システムを構築し、在庫の予測配置、ディスパッチの自動化などに積極的に取り組み、圧倒的な配送力を実現している。つまり、Amazonは消費者の購買プロセスにおいて減点される要素 — 店舗への移動や商品を探し回る時間、レジ待ち時間、自宅まで商品を持ち帰る負荷など — をゼロに近づけることで、Amazonでの購買価値を最大化している。つまり、Amazonにとって、購買行為とは使役負荷のようなもので、これを軽減することに価値を見出しているといえるだろう。使役負荷ゼロこそが、彼らにとってのCustomer Experienceの価値の根幹であり、これによってユーザーが増え、価格交渉力が強くなり、より安い商品を届けられるようになる。ジェフ・ベゾスが描いたナプキン・ストラテジーは着実に実行され、結実していた。

図:Jeff Bezos がナプキンに書いたと言われるAmazonの戦略コンセプト

一方Walmartは”Everyday Low Price”を標榜する通り、最も安くモノを買えることが最大の提供価値であった。実際、Walmartにはなんでもあるし、なんでも安い。アメリカの田舎に住んでいれば、Walmartなしでの生活は考えられないくらいだ。そして、Walmartの主力商材は食品と生活消費財である。リンゴやチキン、トイレットペーパーや歯磨き粉のような、毎日のように消費する、生活の必要経費のようなものである。こういった低関与商材はEコマースには向かない、と長年言われてきた。実際、Eコマースの登場から20年たった今でも、我々の多くはこれらをスーパーやドラッグストアで買い続けている。2007年に始まったAmazon Freshも伸びてはいない。こういった背景がWalmartの奢りともなっていた感は否めない。消費者は生活消費財をECにもとめていないだろう、と。

それでも、アメリカのリテール業は軒並みAmazonに屈服していく。まさにデスノートに書き込まれたように、躍進するAmazonと反比例するかのようにWalmart以外の小売業者は売上を落とし、ショッピングモールは廃墟と化していった。まさにAmazonによって”死”を迎えたToys”R”usやSearsは、2015年頃には既に経営が危機的であると報じられていた。また2016年にはWalmartも加盟していた小売業連合による独自決済ネットワーク”CurrentC”の実装無期延期が発表されるなど、小売業界全体がデジタルの破壊者、最近でいうGAFAに圧倒され、飲み込まれていく様相を呈していた。そして、買い物代行や生鮮宅配ビジネスが躍進を始め、Amazon Freshに限らず、生活消費財消費のEC化は現実的なものになり始めていた。業界の盟主であるWalmartが明らかに方針を変え始めたのはこの頃である。

既にLow Priceは一般化し、差別化要因とはなり得ない。Amazonのような買い物の使役負荷ゼロ化を目指すべきか。Walmartが今持っている競争力とは一体何なのか。そして、これからの消費者は、買い物にどういった価値を求めるのか?

奇しくも、Amazonの隆盛があったからこそ、Walmartも、そして消費者もそれに気づくことが出来たように思える。

Walmartの逆襲は、単にアンチAmazon戦略ではなく、彼らが、購買体験の本質的な価値を見つめ直した結果であると筆者は考える。そこに至るまでには、デジタルの波の中でもがき続ける時間が必要だったのだ。

現在進行中のWalmart版DX

Walmartは継続的に改革を続けている。まさにデジタルトランスフォーメーション(DX)を遂行中であるといえる。Walmartは2015年末にQRペイメントのWalmart Payを発表し、ほぼ全店舗に導入が完了している。2016年時点で2200万人のアクティブユーザーを誇り、Apple PayやGoogle Payよりも使われる決済アプリとなっている。Walmartでしか使えないのに。何故か。

第1にWalmartの誇る店舗顧客資産である。Walmart発表によると、アメリカ人の95%は年に1度Walmartで買い物をしており、毎週1.5億人の店舗来訪があるという。まず、利用する分母が圧倒的に多い。

第2に、Walmart Payは、ロイヤリティ・プログラムと密接に関係している。ポイントやキャンペーン・クーポンだけでなく、返品手続きや送金も可能であり、商品の注文・配送・ピックアップ指定も可能。こういったWalmart 便利アプリの一機能としてWalmart Payがある。

第3にピックアップ環境の充実である。現在アメリカではBOPIS(Buy Online Pickup In Store)という買い物の仕方が浸透し始めている。Walmartはアプリをかざせば注文した商品を受け取れるピックアップタワーや専用ガレージの店舗実装を進めている。つまり、Walmart.comで注文し、Walmart店舗でピックアップするために、Walmart Payアプリは極めて都合がいい。

ともすれば、Apple PayやGoogle Payに席巻されてもおかしくなかったキャッシュレス決済の領域でも、Walmartは決済利用数No.1の座を奪取した。

並行してWalmartはEコマースの販売力を強化しているが、これには2つの大きな戦略が見て取れる。

ひとつめは、Eコマース強化を通じたイノベーション人材の確保である。アントレプレナーであるマーク・ロア氏をECのトップに据え、ブランドの買収だけでなく、様々な技術ベンチャーと提携し、社内の技術プラットフォームの革新を遂行している。2017年、Store No.8というインキュベーションチームが創られた。これは、革新的なサービスを送り出す専門チームで、生鮮食品を直接家庭の冷蔵庫まで配達するWalmart InHomeや、在庫管理を完全自動化した店舗のIntelligent Retail Lab、テキスト会話だけでEC注文が成立するAIコマースのJetblack、そして今年、VR技術を利用したVRコマースのSpatial&とCG映像のDream Worksのコラボによる最新体験モデル「Train Yoru Dragon」がリリースされた。これまでのWalmartは、Walmart Labに代表される、「今自分たちが持っているビッグデータによって儲けを最大化する」ことに研究開発資源を集中していた。一方、このStore No 8.は購買体験そのものの変革を見据えた実験チームのようなものになっている。また、先述のJet.comのロア氏も含め、現在Walmartのデジタル戦略を牽引するのは、外部から来た人材たちである。これまでの様に買収した企業を内部に取り込むのではなく、独立性を担保することでWalmartにイノベーションをもたらそうとしている。

Source: Store No.8

https://www.storeno8.com/

Source: Walmart’s Spatial& + DreamWorks Bring Exclusive VR to Stores

https://www.reuters.com/article/us-walmart-advertising-exclusive/exclusive-walmart-to-make-first-direct-pitch-to-big-corporate-ad-buyers-at-new-york-event-idUSKCN1SS09Q


もう一つは、新しいポートフォリオの模索である。Walmartは今年5月、「5260」と呼ばれるクローズドなイベントを本社のあるアーカンソー州で開催し、全米の名だたる消費財メーカーが招待された。イベントで話された内容の詳細は明らかにされていないが、ロイターの記事によると、同社のデジタル広告販売に関する提案と見られている。つまり、Walmartは広告ビジネスに本腰を入れることを決め、大手取引先を広告クライアントとした新しい収益ポートフォリオを手に入れようとしている。

Source:

Reuters(2019), Exclusive: Walmart to make first direct pitch to big corporate ad buyers at New York event, retrieved from

https://www.reuters.com/article/us-walmart-advertising-exclusive/exclusive-walmart-to-make-first-direct-pitch-to-big-corporate-ad-buyers-at-new-york-event-idUSKCN1SS09Q

実際のところ、Amazonは現在、デジタル広告の売上シェアではGoogle, Facebookに次ぐ全米3位の座にいる。そして、広告メディア事業はリテールビジネスより高利益率だ。何より、Walmartが誇る圧倒的な購買ビッグデータ、そして買収を通じて拡張した顧客リストとそのリーチ、Amazonにはないリテールの販売力と多岐にわたる購買体験の選択肢を組み合わせ、シームレスにすることが出来るなら、その広告は極めて効果が高く、パワフルなものになることが想像できる。

これまでのWalmartといえば、帝国の名をほしいままにする、小売業界の絶対君主のようなものだった。圧倒的な販売力と購買力で名だたるビッグメーカーをコントロール下に置き、競合やパートナーを買収して帝国の構成員に連ねていく。しかし、Jet.com買収前後から、彼らは方針を変えたように思える。Walmart LabはもともとCosmixというデータ分析企業を買収して設立されたものだが、当時のメンバーは誰ひとり残っていない。しかし、Jet.comのマーク・ロア氏は今も辣腕を振るっているし、最近買収されたBONOBOSのメンバーも今までどおり活躍中である。そして、これまで商品を買い叩いていたCPG(Consumer Packaged Goods:消費財)メーカーを広告主として迎えようとしている。

Amazonがデジタル界のWalmartと化し、GAFA帝国の一角と揶揄されている中で、かつての元祖帝国がその形態をまさにトランスフォームさせようとしている。

Walmartが見つめるDXの本質 — 価値交換の変革

さて、Walmartはその運営形態を大きく変えはじめているが、顧客提供価値に関してはどうなのだろうか?

結果としてWalmartは購買体験そのものの自由度に価値を置くことにしたのではないか、と筆者は考える。

買い物の行為は全てが使役負荷ではない。店に行って、選んで、買う、という行為そのものが一つのエンターテインメントでもある。スマホで誕生日パーティの七面鳥を注文すれば、子供にカイロ・レンのライトセーバーをねだられることはないかもしれないが、買い物ドライブの家族の思い出は作れないだろう。一方で、今夜の食材は手にとって選びたいが、いつも飲んでいるバドワイザーは配達してもらったほうが便利だ。これまでのWalmartは、Amazonの考える買い物の使役負荷ゼロ化を軽視し、エンターテインメントとしての買い物における自らの存在意義と競争力を信じていたように思われる。ちょうど、Amazonによって”死”を迎えた同胞たちのように。

買い物における使役と娯楽の線引きは、人々の生活スタイルやタイミングによってまちまちである。奇しくもAmazonが使役負荷ゼロ化を追求したことで、娯楽としての買い物の価値があらためて見直され、双方の必要性が浮き彫りになった。

WalmartのDXが提供する価値は、言うならば決済の自由度であり、入手の自由度である。

オンラインで注文決済も出来るし、店舗でももちろん買える。配送したければ配送するし、取りに行きたければ取りに行く。買い物における娯楽性を最大化するために、使役負荷を最小化する。本来、買い物とは楽しいものだ、と消費者が気づくきっかけは、Amazonの存在があったからこそだ。

WalmartのCEOであるダグ・マクミロンは、"Seamless Walmart Experience”を強く提唱している。デジタルでもリアルでも、オムニチャネルでもなく、購買チャネルの間に分断がなく、消費者にとって一番うれしい買い物を実現するための、シームレス(つなぎ目のない)な体験を目指している。Amazonの最大の弱点は、決済手段がオンラインに、入手手段が配送に制約されていることである。筆者も在米中に経験があるが、アメリカの配送網は日本に比べて驚くほどルーズである。予定通り届かないし、届いたとしても雑である。筆者はAmazonで扇風機を注文し、配送予定日に自宅で待っていた。しかし、一度もドアがノックされることはなく、気がつけばドアに不在票が貼られていた。結局、最寄りの郵便局(1マイル先)まで扇風機を受け取りに行き、担いで帰る羽目になった。つまり、Amazonの宅配モデルは宅配業者のレベルに大きく依存しており、サービス価値としてはかなり不安定なものなのだ。このため、Amazonはラストワンマイル配送の自社化、Amazon Lockerの設置を進め、高級スーパーのWhole Foodsを買収している。一方のWalmartは自社の流通ネットワークを持っており、受け取り店舗網もある。ピックアップ用の設備も充実させている。ラストワンマイルだけが問題だが、UberやLyftなどのライドシェア企業と配送実験を始めたり、自社配送の整備を開始している。

Walmartは、シームレスな買い物の需要に気づき、自らがシームレス体験の提供者に一番近い場所にいることを理解した。そして、それを実現出来るように、組織や文化を変え、仲間を増やすことに集中し始めたのだ。

もちろん、Amazonも自らの弱点に気づいている。今後Amazonはラストワンマイルの自社化と受け取り拠点の増加、そしてAmazon Goのようなエンターテインメントとしての買い物体験の場の提供に力を集中していくことになるだろう。今、WalmartとAmazonはお互いがもつ高い壁を攻略しはじめている。そして、今の所、Walmartにいい風が吹いている。

デジタルvsリアルの時代は終わった。オムニチャネルという言葉は、両方のチャネルを持っていることしか意味しない。伝統的小売業が超えるべき壁はデジタルの壁ではなく、シームレス実現のために立ちはだかる組織の壁であり、企業文化の壁である。Walmartの躍進は、彼らがようやくこれに気づいたからにほかならない。 

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