Linc’ wellという一風変わった素敵な企業がある。2019年11月のTechCrunch Tokyo スタートアップバトルに参加し、ファイナリストとなった医療ベンチャーである*1。惜しくも優勝は逃したが、デジタルで人々の良い人生に貢献する、DXの根幹ともいえる価値提供実現に挑戦する企業である。簡単にいうと、Linc’ wellが目指すものは、「すぐに診療可能な医療」である。そして、彼らの起業文脈を豊かにしているのは、設立者の金子和真氏は元東大病院勤務の医師であり、そしてマッキンゼー出身であるということだろう。そして彼らは、この5月に3.5億円を調達している*2。
初診で病院にかかるとき、誰でも体験するのがその異常な待ち時間である。大学病院ならばなおさらだ。紹介状をもらっていてもかなり待つ。急を要するぐらい具合が悪い場合は多少早めてくれるものの、検査となれば1時間待ちはザラである。明日海外出張で、予防接種が必要、と言う明確でシンプルな要望の場合でも、変わることはない。こういったレセプションの問題はどの国でも重要な課題である。電子カルテ化や登録処理のデジタル化が進んでも、診療時間の読みや割り振り、ドクターの診療時間が短縮されない限り、待ち時間は長いままである。このレセプション問題を、Linc’ wellはソフトウェアだけでなく、診療所をプロデュースして提供することで実現する。彼らのサービスを使えば、患者はスマホやPCで診断書を登録し、診療を受け付けすることが出来る。決済もキャッシュレスだ。興味深いのは、彼らが全てを開発しきらないこと。ソフトウェアも既存に展開する電子カルテと連携し、予約・問診と共に電子カルテの情報を最適化する部分。スクラッチ開発によるソフトウェア力での競争ではなく、使いやすさや最適化に特化したスタイルは、現在の欧米でのDXの潮流と合致するところである。さらに、診療所「クリニックフォア」を提供することで、優良な医療レセプション体験提供の場を自ら広げていく。
欧米では、救急ではないが急ぎで受けたい診療のことを総称してUrgent Careと呼ぶ。風邪をひいて明日のプレゼンまでに熱を下げたい、料理中に包丁で深めに切ってしまった、明日までに予防接種が必要、といった、命に別状はないが高速で受けたい医療のことである。筆者が在米中、どうしても予防摂取を受けなければならないことがあった。MMRといわれる風疹・はしか・おたふく風邪の三種混合の接種歴を持っていなかったため、学校から「受けなければ休学せよ」と言われたからである。大急ぎで病院に行くのだが、筆者が通うNYU病院はいつもいっぱい。比較的空いている、同校のヘルスセンターと呼ばれる簡易医療施設に行って急ぎであると説明しても「担当ドクターは今日はいっぱいなので明後日来なさい」と言われる始末。なんとかしてくれ、と大騒ぎして、結果摂取できたのだが、治療時間は15分。ドクターは別に忙しくなかった(受付スタッフが面倒くさいから、急ぎの患者を追い払うために「ドクターが忙しい」というのは常套手段である)。後で知ったのだが、こういうときのためにUrgent Care専門医療が存在する。ニューヨークならCity MDというコンビニのような診療所が各箇所にある。最大手は恐らくFIRST MEDだろう。彼らはこういったUrgent Careに特化している。15分〜30分刻みで予約でき、夜遅くでもOKだ。
高齢化や生活習慣病による慢性疾患の重篤化が叫ばれる先進国では、予防医療が重要視されはじめている。若い人たちがすばやく予防医療を受けることで、将来的なリスクを低く抑えることが出来るし、医療保険的にも重要な問題である。Linc’ wellが提案するレセプションの最適化は、至極当たり前の話に聞こえるかもしれない。しかし、彼らが導く新しい医療のスタイルは現在の医療ビジネス全体モデルを変えていくきっかけになるだろう。
引用情報:
*1
Techcrunch(2019) , TechCrunch Tokyo 2019バトル優勝は音声解析AI搭載IP電話サービスのRevComm,
retrieved from
https://jp.techcrunch.com/2019/11/15/techcrunch-tokyo-2019-revcomm/,2020.01.11
*2
The Bridge(2019), 創業1年で4億円調達、医療システムとクリニックを垂直統合した「Linc’well(リンクウェル)」、DCMなどが支援, retrieved from
https://thebridge.jp/2019/05/lincwell-fundraising参考情報:
Linc' well
https://linc-well.com/
直営の診察機関、クリニックフォア
https://www.clinicfor.life/
City MD
https://www.citymd.com/
FIRST MED
https://www.fastmed.com/※編集部注:TechCrunch Japanの引用記事は、引用当時に存在していたURLを掲載しています。同サイトは2022年5月1日にて閉鎖となるため、リンク先記事が消失している可能性があります。