職人の世界はクラウドが支えている。こういうと、身も蓋もない。人気ドラマ、「下町ロケット」の第二章は農業IoTがテーマだった。自動運転のトラクターシステムを支える職人技術と、様々なしがらみの中で悩む農業経営者、大企業組織の傲慢とサラリーマンの正義を伝えた素敵なドラマであった。この技術背景を地で行っているのがクボタである。
そのクボタが、IoTクラウド基盤でMicrosoft Azureを採用したことをインプレス社のIT Leadersが記事化している*1。クボタはもともとKSAS(Kubota Smart Agri System)と呼ばれる農業経営支援システムを2014年から展開していたが、本格的なIoT実践に伴い、その環境をクラウドに移行する必要があり、彼らはMicrosoftのAzure環境を選択した。なぜAzureが選ばれたのかは同記事を参照していただくとして、クボタの挑戦について 少し触れてみたい。
世界有数の農機メーカーであるクボタは、アグリロボと呼ばれる農業機器のラインナップを拡充している。同社は2017年にレベル2自動運転(有人監視下での無人化・自動化)を可能にしたアグリロボ・トラクターの実証実験を開始し、2018年に市場投入。同年に普通型コンバインをアグリロボ対応とし、2020年には田植え機と自脱型コンバイン(刈り取りと同時に脱穀する)を対応させると発表している*2。また、防除(農薬散布などで害虫を取り除く)用ドローンも2016年から展開を開始*3。これらの制御及びデータ基盤は、同社が提供するKSASが担ってきた。同社は2014年から農業のICT具現化を目指し同システムを展開してきたが、トラクターやドローンなどの作業端末が接続することで農業IoTクラウドとも言えるシステムに進化する必要があった。KSASは農業IoTデバイスの稼働状況や作業進捗、収穫量や成分(タンパク質含有率など)の測定データを吸い上げ、作業効率や機器点検予測などを可能にする。KSASの利用料金は月額6500円とリーズナブルで、農業経営者の目線にたった体系を整えている*4。
これらの一連の流れにあるものは、農業という世界にデジタルを投入することで破壊的な変革をもたらすまでの壮大なビジョンであろう。多くの農業は極端に労働集約型のビジネスモデルである。18世紀のイギリスの農業革命による輪作と集団農業経営体系の確立と産業革命による農機の発明、そして緑の革命と呼ばれる、1940〜60年代の高収量品種と化学肥料の投入、70年代以降の農機によって飛躍的に生産性が上がった。1970年代から農機が安価化、一般化し、自営農業でも集団経営並みの規模をカバーできるようになったが、基本的には農夫が働くことによって賄われるモデルである。生産性は飛躍的に向上しているが、農業の作付けから収穫までのプロセスは、実はあまり変わっていない。クボタのチャレンジは、農作業プロセスのデータ化と自動化、そしてデータ分析からの予測による農業経営の最適化である。基本的に、農機メーカーの提供価値とは、高性能の農機を開発・提供することで、農業従事者の作業負荷を削減し、成果を最大化することである。例え自動運転トラクターを開発・提供したとして、その提供価値は根本的には変わらない。DX的な考察としてポイントになるのは、トラクターなどから得られたデータを分析して収穫量や品質などの「予測」を加えることで農業経営に安定性と計画性を提供することではなかろうか。
農業は天候との戦いである。下町ロケットで描かれていたように、雲の動きを読める仙人のようなベテラン農業従事者が存在し、かつ収穫の意思決定権を持っていなければ、収穫期に災害が来れば1年分の収益が消し飛ぶ。そうなれば、農業経営者は農協から大借金をして次の年の成功を祈ることになる。最悪、離農である。クボタのアグリロボやKSASは、農業からギャンブル要素を無くし、予測可能なビジネスとして成立させるDXのための、第一段階なのかもしれない。
引用情報:
*1
IT Leaders(2019), グローバルIT基盤にAzureを採用、基幹システム刷新からAI活用によるDX推進までを具現化, retrieved from
https://it.impressbm.co.jp/articles/-/18738
*2
クボタ(2019), 開発中の自動運転農機3機種の試作機を公開~お客様のニーズに対応したラインナップ拡充で、自動運転農機の普及を目指す~, retrieved from
https://www.kubota.co.jp/new/2019/19-04j.html
*3
クボタ(2016), 農業用ドローン市場へ参入, retrieved from
https://www.kubota.co.jp/new/2016/16-25j.html
*4
クボタ(2014), ICTを利用した営農・サービス支援システム「クボタスマートアグリシステム」のサービスを開始, retrieved from
https://www.kubota.co.jp/new/2014/2014-20j.html