東南アジアを旅行したことがある人ならばもちろんGrabのことは知っているだろう。いや、知らないで過ごせるわけがない。それほどにGrabは既にあたりまえの交通インフラと化している。
配車サービスをコア事業として急速な成長を遂げたGrabは、東南アジア初のユニコーン、いや「デカ」コーン企業である。*1 域内8ヵ国(シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ミャンマー)でビジネス展開し、確固たる地位を築いている。
東南アジアを旅行したことがある人ならばもちろんGrabのことは知っているだろう。いや、知らないで過ごせるわけがない。それほどにGrabは既にあたりまえの交通インフラと化している。
配車サービスをコア事業として急速な成長を遂げたGrabは、東南アジア初のユニコーン、いや「デカ」コーン企業である。*1 域内8ヵ国(シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ミャンマー)でビジネス展開し、確固たる地位を築いている。
ソフトバンク・ビジョン・ファンドから追加資金を調達し、その企業価値が140億ドル(1兆5000億円)に達したと報じられたのが2019年3月。同年11月にはJapan TaxiがGrabとの提携を発表しており、今後は日本での認知度も上がるだろう。競合であったUberは2018年に東南アジアでの事業をGrabに売却し同地域から撤退している。現在はシンガポールに拠点を置くGrabだが、もともとは2012年にマレーシアで設立されたMyTeksiを前身とする企業であり、創業者もマレーシア人である。*2
筆者は現在そのマレーシアの首都クアラルンプール在住だが、周りの友人や知人に「ここ数年で、デジタル技術によって我々の暮らしをより良いものに変えたサービスは何だろう」と問えば、必ずGrabの名が挙がる。同社が提供する配車サービスは既に交通インフラの一つと化しており、そのサービス無しの生活が考えられないほど一般に普及している。これはシンガポールやタイ、ベトナム、フィリピンでも同じ状況である。
本稿では「Grabはどこに向かっているのか」について、東南アジアという地域性を踏まえながら考察していきたい。
2019年3月にソフトバンクから追加資金を調達し、Grabアプリは配車サービスアプリという枠を飛び越え、東南アジア初のEveryday-EverythingのSuper App(スーパーアプリ)*3へと転身した。スーパーアプリとは、毎日の生活に欠かせないサービスや機能が詰まった便利なアプリを指す。
東南アジアで最強のスーパーアプリ構築を目指すGrabは、域内最大のデータセットの一つを保有しているという強みを持つ。AIの技術を駆使し、この膨大なデータを自社のサービスの改善や新サービスの開発に活かす予定だという。またこのデータを活かして大きな社会課題にも取り組むとも述べている。*4
配車サービスアプリからスーパーアプリへとパワーアップしたGrabが、現在最も力を入れているのがFinTech分野である。デジタル決済ツールGrabPay*5は使い勝手がよくて既に広く利用されている。いくつかの方法で残高を追加チャージできるし、クレジットカードやデビットカードを登録することもできる。キャッシュレスでアプリ内の各種サービスを利用でき、P2P送金も可能となる。提携する店舗ではQRコードを利用した決済が可能で、今後はオンラインショップの提携先も増やしていくようだ。
また、PayLaterという後払いや分割払いの機能を提供し、GrabClub*6と呼ばれる毎月定額購入のお得なサブスクリプション・プランを設けるなどの工夫も凝らしている。また小規模ビジネスの支援にも積極的で、登録しているドライバーやフードデリバリーで食品を提供する個人事業主向けに、少額ローンや保険商品といった金融サービスも提供している。
さらに2019年12月、GrabはMastercardとのタイアップでGrabPay Card*7を発行した。昨年夏に発表されたApple Cardのように、カード番号の数字が一切表記されていないクレジットカードの発行は、GrabPay Cardがアジア初である。Mastercardで支払いが可能な店舗数は世界中に5300万店。オフライン・オンラインを問わず、GrabPayカードのユーザーはこれらの店舗で買い物ができる。さらにこのカードは、銀行口座を持っていなくてもカードを所有することが可能なシステムなのだ。このカードはGrabアプリと連携しており、アプリ上でカードの管理や支払い状況の確認、ポイント獲得などができる仕組みになっている。
それでも、東南アジアはまだまだ現金社会であり、2018年の世界のデジタル決済市場におけるこの地域のキャッシュレス比率は2%以下であった。セキュリティに対する不安もあるが、最大の理由は銀行口座を持ってない人口が最大で70%もいることである。貧富の格差が大きく低所得者層も多いため、既存の金融サービスにアクセスできていない人が多いのだ。つまり融資を受けたり投資をしたり、ローンを組んだり分割払いをしたり、クレジットカードを保有したり、手軽に送受金するといった機会に恵まれず、経済的に不安定なまま、経済活動のチャンスを捉えられない人々がたくさんいるということである。
Grabは早くからこの社会課題(SDGs で言うところのFinancial Exclusion⦅金融排除⦆)に触れ、東南アジアを前進させるためにはこの課題を解決することがとても重要であると述べている。同社は2016年時点で「域内の人々のより良い暮らしに貢献するため、安全で誰にでもアクセスできるキャッシュレス決済を可能にするプラットフォームを構築しリードする」と表明している*8。
そして現在、状況はドラスティックに変わりつつある。Google、Temasek およびBain&Companyの共同レポートによると、東南アジアでのデジタル決済は二桁台の伸びをみせており、2025年の取引総評価額は1兆ドルに達する見込みだという。*9 2019年の総額は6000億ドルなので、ほぼ二倍である。この中でも特に著しい成長が予想されるのがモバイル決済だ。2025年のモバイル決済の取引総評価額は1090億ドルとなり、2019年の7倍になるとう見通しもある。*10 そして、この変化の一端を担うのが東南アジアの金融市場で大きな機会を得たGrabなのである。
域内11カ国をあわせると世界4番目の経済領域となる東南アジアでは、インターネットアクセスの90%がスマートフォンからのものである。そしてGrabはその主要6カ国でeマネーのライセンスと連携できている。Grabアプリにはサービス利用者であるユーザーとサービスを提供者である事業主の両方が登録しており、すべての人がGrab Financeという決済プラットフォームを利用するのだ。キャッシュレス化を推進したい各政府の後押しもある。Grabに追い風が吹いているようだ。*11
もちろん、Grabのモノポリーを懸念する声はずっとある。彼らがUberの事業を買収した際、シンガポールでは独占禁止法に違反したとして罰金が科された。一つの企業が域内で大きな力を握ることには不安もある。GAFAやUberに代表される、先行Tech Giantsと同じようにGrabも「社会の変革者かそれとも市場の破壊者か」と言われるようになった。しかし同社の配車サービスは確実に我々の生活の質を向上させたし、デジタル決済ソリューションはユーザーニーズをとらえ、金融サービスにアクセスできない、もしくはアクセスが限られている人々の生活を確実に便利でより良いものに変えつつある。
Grabが描くのは「東南アジア全域の人々の暮らしをデジタル技術によってより便利なものにするため、毎日の生活に欠かせないサービスが詰まった東南アジア最強のスーパーアプリを構築する。そして有用な金融サービスが詰まった誰もが公平にアクセスできる域内最大のデジタル決済プラットフォームを提供する」という壮大な物語なのである。彼らの今後の展開を見守っていきたい。
引用情報:
*1
Today Online(2019), Grab pledges safer rides for passengers with alert system monitoring driver fatigue levels, retrieved from
https://www.todayonline.com/singapore/grab-pledges-safer-rides-passengers-alert-system-monitoring-driver-fatigue-levels
*2
Compare Hero(2019), Grab Daily Insurance (GDI) For e-Hailing Drivers, retrieved from
https://www.comparehero.my/insurance/articles/grab-daily-insurance-gdi-for-e-hailing-drivers
*3
Yahoo! Japan(2019), 「Grab」をスーパーアプリに変えたハイパーローカル戦略──2020年はAI戦略で企業価値2兆円越えか, retriebved from
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191212-00049480-coindesk-bus_all&p=3
*5
NNA NEWS(2019), 東南アジアの成長率予測、5カ国で下方修正, retrieved from
https://www.nna.jp/news/show/1962456筆者注:
*4
Foodpanda
ドイツに本社を構える2012年創業のフードデリバリー企業。東南アジアを主力市場とし、ブルガリアとルーマニアにも展開している。ドイツのRocket Internetが立ち上げたが、同じくドイツのフードデリバリー大手であるDelivery Heroに事業を2016年に売却した。