Glossierという企業名が日本でも著名になって数年は経過しているが、残念ながら日本にはまだ上陸していない。2010年創業のこの会社は、創業者であるEmily Weissの個人的なブログから始まった。ニューヨーク大学で芸術を学び、Vogueでアシスタント・スタイリストを努め、自身のキャリア向上のためにメイクアップに関する発信と世の中の意見を拾うための"Into the Gloss"というブログから始まった。2018年にはあのSequoia Capitalから1億ドルのシリーズD調達を果たし、評価額は12億ドルとなってユニコーンクラブへの仲間入りを果たし1、2019年にはTime誌が毎年発表する次世代を支える100人、"Time 100 Next"にも選ばれた時代の寵児である。売上は2018年時点で1億ドルを越えた2。未だ倍々ゲームを続けていると目されている。
彼女の成功は、日本では主にソーシャルメディアマーケティングやD2Cの文脈で語られる。Glossierはニューヨークやロサンゼルスに直営の店舗を持っているが、販売は行わない。あくまで体験のためのショールームであり、すべての販売はデジタルチャネルを経由して行われる。まさにD2Cである。そして、その商品はソーシャルメディア経由でGlossierと繋がるフォロワーたちの声から開発される。数年前に「共創」という言葉が日本でも流行った。顧客と共に商品を創造する、ということだが、Glossierはこれをまさに地で行っている。そして、既に売上は4億ドルを超えると言われており、世界で最も成功しているD2Cの一つである*2。
店舗をショールーム化し、決済は原則デジタル。消費者は店舗で好きなだけ試し、新しい気づきを見つける。ただ、気に入った商品があれば店舗でも買うことが出来、店舗=ショールームを特徴とする一般的なD2Cとは少し違う。しかし、ライバル達との違いは、果たしてそれだけだろうか?
最大の違いは、Glossierというブランドがデジタルコミュニティの上に成り立ったものであることである。極論で言えば、ファンの民意の上に成り立ったブランドである。Glossierは、先述した"Into the Gloss"というブログからスタートした。このブログがオープンしたのが2010年でGlossierの創業年となっているがのだが、Glossierは、最初は化粧品メーカーではなかった。
Emily Weissは、自身がVogueでのスタイリストとしての仕事で日々得られるビューティやヘアケアの体験をこのブログに綴り続けた。その中で、ファッション界の著名人のバスルームを拝見し、そのこだわりや工夫を写真とともに公開する「バスルーム・インタビュー」が大好評を得て有名ブログに躍り出る。同記事はInstagramやPintarestで拡散され、ミレニアル世代を中心として圧倒的な支持を得ることになる。WeissがVogueを辞め、本格的にInto the Glossのビジネスに専念し始めたのが2013年、最初の自社商品をブログ上で発表したのが2014年である。以後、彼らのコミュニティはGlossier.com上に移ることになるが、依然Into the Glossはビューティ発信メディアとして存在感を発揮している(Into the Glossは現在Glossierの子会社という位置づけになっている)。ともあれ、Glossierの製品は、Into the Glossが形成するコミュニティの声を体現するために開発され、商品化されている。言い方を変えれば、コミュニティに必要とされているモノを商品化している。Into the Gloss上での記事の人気度合い、ユーザーの反応や意見をつぶさに分析し、注意深く商品をリリースしている。Glossierがコスメメーカーとして設立したとき、最初の商品はクリーム、ミスト、スキンティントと保湿液の4商品のみ。それから約5年たった現在の販売アイテム数は103である。
Glossierは、Into the Glossという強力な自社メディアとファンコミュニティの上に立脚している。商品開発のためのリサーチ母体であるだけでなく、強力な発信メディアとしても、Into the Glossは機能しているので、Glossierはほとんど広告を打つことがない。ブランド名のGoogleの検索広告を一部買っているが、これは自社ブランドを守るためのものであろう。さらに言うと、彼らはAmazonにも出店しないし、デパートにも商品を卸さない。化粧品小売販売で圧倒的パワーを持つSephoraにすら商品を出さない。
これまでの化粧品メーカーは、自社で開発した商品に付加価値を付与し、広告を使って認知と理解を広げ、流通チャネルを抑えることで売上を作ってきた。Glossierはユーザーの声を聞いて、価値のあるものを作り、必要な人に届けるという極めてシンプルな方法で隆盛を果たした。同じ方法は伝統的メーカーにも出来たかもしれない。伝統的メーカーたちは、アンケートやグループインタビューなどの伝統的な調査によって、市場の声に耳を傾け、ニーズを体現する商品を開発してきたのは間違いない。ただ、メーカーであるがゆえに、売価を下げ自社工場を稼働させるための最低ロット、欠品を起こさないための過剰生産、そしてそれを売り切るためのマーケティング、という制約条件とも戦わなければならなかったのは疑いない。
Glossierは、化粧品に限らず、メーカーというビジネスモデルのDXに大きな示唆を示している。
引用情報:
*1
Techcrunch(2019), Glossier triples valuation, enters unicorn club with $100M round, retrieved from
https://techcrunch.com/2019/03/19/glossier-triples-valuation-enters-unicorn-club-with-100m-round/
*2
CNBC(2019), Glossier: How this 33-year-old turned her beauty blog to a $1 billion brand, retrieved from
https://www.cnbc.com/2019/03/20/how-emily-weiss-took-glossier-from-beauty-blog-to-1-billion-brand.html参考情報:
The Gurdian(2019), Glossier founder Emily Weiss: ‘Beauty has very little to do with looks, retrieved from
https://www.theguardian.com/global/2019/dec/29/glossier-cult-beauty-brand-founder-interview
Into the Gloss
https://intothegloss.com/
Glossier
https://www.glossier.com/
編集部注:
現在Glossierでの店舗決済は店員を通じて行います(店員がオーダーを受け、アプリを使って決済処理を行う)ので、店舗内でアプリなどを用いて決済することは出来ません。このため、デジタル決済に集約した一般的D2Cとは異なるのではないか、とのご指摘を受けました。ご指摘は極めて正しく、誤解を招く表現であることを再確認いたしました。つきましては、Glossierが「典型的D2C」である故の表現を削除し、一部文章を修正いたしました。 お詫びして訂正申し上げます。