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Grabはなぜスーパーアプリとなったのか?マレーシア在住者が考える3つのポイント

作成者: 新野 ゆかり|Feb 20, 2020 5:30:50 PM

前回、Grabは単なる配車アプリではなく、既に東南アジア世界でSuperApp(スーパーアプリ)となり、生活インフラとして機能し始めていることをご紹介した。2012年の創業からわずか7年である。

現在のGrabアプリ上には配車サービスの他にもフードデリバリーなどの各種宅配、レンタカーやホテルの予約、各種チケットの予約、映像配信、公共料金の支払いといったような様々なサービスが並んでいるが、そのコアな価値は“安くて、便利で、確実で安全な移動手段の提供”である。より安くて、より便利で、より確実で、より安全な、こんなありがたいサービスを受け入れない人がいるだろうか?

今回は、そのGrabの強さをいくつかの側面から分析していきたい。

 

1.   徹底的なユーザー利益視点を、徹底的にわかりやすく、徹底的に使いやすく

Grabはまず、既存のタクシーよりも安い価格設定でユーザーの心を掴んだ。Grabには一般車とタクシーの両方が登録しているが、タクシー運転手に納得感を持たせるためコミッション・フィーに差をつけている。各国で比率は多少異なるが、マレーシアでは一般車は売り上げの20%、タクシーは10%である。

また、お得感の創出と演出もうまい。利用頻度が高いユーザーほど得をするメンバー制度を導入して優良顕在顧客を素早く囲い込んだ。予約時の優先配車、高いポイント加算率および還元率、より魅力的なプロモーションの内容など、利用頻度に応じて差が出る仕組みだ。また割引クーポンが極めて威力を発揮する東南アジアで、絶え間なく次々と繰り出される積極的なプロモーションがユーザーの獲得と定着に功を奏したことは想像に難くない。

料金システム面ではもう一つ、乗車前に支払額がフィックスするという利点が大きい。交通渋滞が深刻な東南アジアの都市部では、ひどい場合には20㎞の移動に1時間かかることすらある。従来型のメータータクシーなら料金はどんどん加算され、最終的にいったいいくらになるのか降車時までわからない。一方Grabならば乗車前に支払額が決まるためユーザーの心理的負担が少ないのだ。もし急用でなければ、「今の時間は料金が高いから外出はやめておこう」とか「今日は自家用車で行こう」という判断ができるのもありがたい。

便利さという点では、キャッシュレスという利点がある。Grabアプリには、GrabPayというプリペイド・トップアップ式(残高の再チャージが可能なプリペイド方式)のデジタル決済機能がついている。登録したクレジットカードでの決済も可能であり、もちろん現金払いという選択肢もある。ユーザーは自分の判断で支払い方法を選ぶことができる。

そしてGrabは東南アジア8カ国をカバーしている。これによって、旅行や出張の際にユーザーがシームレスにサービスを利用できるというメリットも大きい。域内の主な都市や人気の観光地はいくつかの格安航空(LCC)でくまなく繋がっており、その多くが1-4 時間で移動できる距離にあるため、レジャーでも気軽に行くことができるし、また数カ国にオフィスを持つ企業も多いため人の往来は活発なのだ。

それに加え、アプリの使い心地も大変に良い。デザイン性にも優れ、視覚情報を最大限に活用した直観的な操作感のUIで、車の種類や支払い方法などを選択するオプションがあるにも関わらず2ステップ(2画面)で予約が完了する。いわゆる“サクサク”で便利なツールなのである。そしてなによりもユーザーの心理的負担を軽減するための細やかな配慮と工夫がありがたい。

例えば最初の画面には現在地周辺の地図が表示されるのだが、ここに待機中の車も表示されるため、利用可能な車の位置と数が瞬時に視覚的に確認できる。Grabは需要と供給のバランスで料金が変動する仕様のため、アイドリング中の車が多ければ最低料金で済むし、近くに車が何台も待機していれば配車にかかる時間も短い。そのためこの情報は貴重なのである。

※編集部注:UberやGrabは混雑状況によって価格が変動するサージ・プライス方式を獲っている。

お得に移動するには「今は高いので、あと一杯飲んでからクルマを呼ぼう」などの判断は、ユーザーの間ではかなり普通に行われる。

Grab の配車画面の一部

左はアプリ立ち上げ後の車両空き状況確認画面。ドライバーのチャット送信画面、右が車両タイプ指定画面。車両の価格は状況によって変化する。

また、Uberなどと同様に、予約前の地図画面には経路と確定料金に加え、ピックアップまでの暫定所要時間が表示されるのもありがたい。予約後は配車される車が乗車指定場所に向かって移動する様子まで確認できる。待たされる側の心理的なストレスを軽減する工夫である。ちなみに、ここの画面では簡単に予約をキャンセルすることもでき、ペナルティもない。この点はUberやDiDIと異なる点だろう。

さらに便利なのが、ドライバーとユーザーが直接コミュニケーションをとれるチャット機能だ。例えば「すぐ近くまで来たけれど、乗車指定場所がすごく混雑しているようなので道路の反対側に移動できる?」というような会話ができて便利だ。そしてこのチャットには自動翻訳機能もついている。例えばタイでGrabを利用した際、ドライバーがタイ語で入力したメッセージは英語に自動翻訳されて私に届いた。ユーザーニーズを考慮した気配りだと感心した。

Grab の自動翻訳チャット画面

左がドライバーのチャット送信画面、右が乗客のチャット通知画面。

Saya telah sampai“ は マレー語やインドネシア語で ”到着しました” の意味

最後に確実性と安心感についてだが、これは東南アジアでは大変重要なファクターである。素行の悪いタクシー運転手も多く、乗車拒否やぼったくり(通常料金の2-5倍をふっかける、わざと道に迷ったふりをする、料金メーターの改造など)が横行し、ひどい場合には強盗やレイプの被害(人気のいない場所に連れていき金品を奪って置き去りにするなど)が時折報告されていた。また道を知らない・地図が読めない運転手も多い上に、以前はナビゲーションツールを利用できる運転手も少なかったため、タクシーを利用する際は常に気を引き締めていなければならなかった。Grabはテクノロジーの力でこれらの問題をほぼすべて解消してみせた。

具体的には、ドライバーは完全登録制であり、誰が誰の車でいつどの経路でサービスを利用したかという記録がすべて残るため犯罪を防止できるようになった。ユーザーがドライバーのサービスの質を星5つで評価し、コメントを残すこともできるため、ドライバーの素行の悪さが軽減された。予約前に推奨経路と料金が確定するためぼったくりの心配がなくなった(ついでに料金交渉の煩わしさからも解放された)。そしてユーザーにもドライバーにも同じ経路がナビゲーションされるので、道に迷ったふりをしたり、実際に迷うこともなくなった。さらに不測の事態が起きた際、ボタン一つで現在地情報を第三者に自動送信できるSOS機能(緊急ボタン)を追加するなど、ユーザーの安心感を向上させる工夫がみられる。

さらに、より安全で安心なサービスの提供を目指し、ドライバーの走行状態から重度の疲労を検知したら自動的に警告を出すといった、リアルタイムでのモニタリング技術もGrabは開発している。AIを駆使して、急ブレーキを繰り返す危険運転や推奨経路を著しく外れる走行などをシステムが自動的に検知できる仕組みになっているようだ*1。このようなハード面での解決策に加え、2016年からは配車サービスを利用中のユーザーとドライバー全員に無料傷害保険を自動付帯する*2など、ソフト面での配慮もみられるのでさらに心強い。

ユーザーのニーズにきちんと応えるのは当然のこととし、その上でユーザーの物理的・心理的負担をどれだけ軽減できるかという点に注力しているのが印象的だ。UIや情報提供の仕方にも一貫した姿勢が感じられる。とにかくすべてが簡潔で簡単なのだ。これらは日本企業も見習うところが多い姿勢だと考える。デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)が目指す新しい価値の創出において、わかりやすさと使いやすさの比重は我々が考えるよりも大きく、今後ますます重要な意味を持つだろうと実感している。

 

2.ローカライズとスピード

次にGrabのビジネス展開で特徴的なキーワードを2つ挙げてみたい。それは“ローカライズ”と“スピード”である。

一番目のキーワードはGrabが言うところの“ハイパー・ローカル戦略”である。 先述のとおり同社は東南アジア8カ国でビジネスを展開中である。だがそれぞれの国には東南アジアという一言ではくくりきれない文化・社会・経済上の相違や特色がある。仏教の国もあればイスラム教の国も多宗教の国もあり、先進国もあれば中所得国も低所得国もあるのだ。各国で競合となるサービスや会社もそれぞれ異なり、もちろん法規制にも違いがある。Grabは現地を熟知し、各国のユーザーのニーズに細やかに応える手法をとっている。つまり提供するサービスや機能が国によって違うのである。

例えば所得水準が高い国では車の配車がメインだが、所得水準が低い国ではバイクの配車がサービスの主戦場となっているケースもある。車やバイクのほかにも、タイのトゥクトゥクのような現地特有の乗り物もある。ビジネスにおける姿勢や提供するコアなサービスは同じでも各国でニーズや状況が異なるため、細やかな配慮を怠らない。配車サービスにおいては、ペットも乗車できる車やチャイルドシートがついた車を選択できる国もあれば、高級車や大型車が予約できる国、また自国にいながらにして海外での配車予約が可能な国もある。そして他人とのシェアライドを格安で提供している国もあれば、行先を一つ追加できる機能をもたせて友人とのシェアライドを可能にしている国もある。

Grabはまず配車サービスでビジネスの地盤を固めた後、各国のニーズや課題にあわせたサービスを適宜提供している。現在同社が域内で提供するサービスは多岐に及ぶ。車とバイクの配車を中心に、フートデリバリー、食品・日用品デリバリー、バイク便のエクスプレス配送、保険商品販売、少額ローン、レンタカー予約、ホテル予約、バスチケット予約、映画チケット予約、公共料金の支払い、プリペイド携帯のトップアップ、家庭用のクリーニングや各種修理業者の斡旋、ビデオストリーミング配信、公共機関も含めた経路案内などである。

Grabは現在のところ東南アジア域外にサービスを拡大させる予定はないようだ。しかし研究開発の拠点は東南アジアだけではなくアメリカやインドにも置き、以前はGAFAで活躍していたような優秀な人材も多く、社員の国籍は50を超える*3。かつてスターバックスは

”THINK LOCALLY , ACT REGIONALLY , LEVERAGE GLOBALLY“
(現地で考え、地域に合わせて行動し、世界規模でレバレッジする)

を成長戦略の骨子として提唱していたが、Grabの場合は

“ACT LOCALLY, THINK REGIONALLY, LEVERAGE GLOBALLY”
(現地に合わせて行動し、地域で考え、世界規模でレバレッジする)

という言葉がぴったり来る。

次に“スピード”だが、Grabは新しいサービスや機能をどんどん導入し、実験し、素早く検証し、展開している。Grabアプリはサービス提供の場であると同時に実験場でもあるようだ。他企業とのタイアップもプロモーションも同様に、良かれと思うものは次々に実行する。施策はユーザーニーズとメリットを考慮、アプリは分かりやすさと使いやすさを重視、と、サービス提供の姿勢に一貫性があるので混乱はないが、変化のスピードが極めて速い。つまり判断も行動も速いのである。

例えば、以前、配車予約時間を前もって指定できる機能や料金とは別にチップを支払える機能などが提供されていたのだが、実験・検証の結果が思わしくなかったのか、何らかの理由ですぐにアプリから消えた。

一方、サービス拡充のスピードも速い。昨年アプリ上に公共料金の支払い機能が登場した。ローンチ当初は各州の水道料金が支払える程度だったのだが、徐々に大手通信会社や大手衛星テレビ局の名前も選択リストに入るようになり、今後も数が増えていくと予想できる。

まずローンチ、それから本格交渉というケースも多いようだ。走りながら考え、走りながら必要そうなものはどんどん掴み、不要と判断したものはどんどん捨てる。

また、ここ最近、アプリのデザインにもいくつかの変更があった。トップ画面にはサービス一覧が並ぶが、コアサービスである配車のアイコンよりも前に、フードデリバリーのアイコンが配置されるようになった。柔軟な対応だと思う。なぜならフードデリバリーに関しては、先行していたFoodpanda*4を打ち落とすべく、Grabは昨年から徹底した施策を講じてきたからである。例えば、宅配料と同価格のクーポンを配信し続け、ピザハットやKFCのような有名人気チェーンとタイアップして30-50%オフといった破格の割引クーポンを次々に配信するなど、たたみかけるようなプロモーションを展開してきた。

最初は網を広く緩くかけておき、サービスを走らせながらアプリ上で素早く実験・検証し、新しく出てきた課題には臨機応変に対応する。そして目的がはっきりと定まったら、達成するための施策を全方位的に徹底的にスピーディに行い、ユーザーを素早く囲い込んで定着させるのがGrab流のようだ。常に変化し続けるこのスピード感については、東南アジアという地域性も多いに影響しているだろう。

 

3.「蛙跳び」の東南アジアという土台

東南アジアにはシンガポールのように高齢化社会に足を踏み入れた国もあるが、域内全体では労働人口は増えている。経済成長率が徐々に低下しているとはいえIMFによるASEAN5の2020年のGDP成長率予測は、昨年秋に下方修正したにもかかわらず、4.9%と底堅い*5。人口ボーナスは今後もしばらくは続くし、中間層が増えて消費も拡大する。これからも徐々に生活が豊かになっていくという共通の肯定的な空気感がある。

開発途上にある国の都市部は特に変化のスピードが著しく、3年もあれば人々の生活も街並みも変わる。つまり3年あれば消費者マインドもマーケット自体(人気商品・人気サービス・ビジネスの競合など)も変わっている可能性が高く、利用するプラットフォームすらも変わっている可能性があるのだ。また政権交代で政策が大幅に変更されたり、大型プロジェクトが突然中止になることもある。加えて人々の教育や収入には大きな格差があり、民族によって価値観や生活スタイルが異なる。人々は変化と多様性に寛容だ。

東南アジアは、先進国がたどった道のりをたどらず、新しい技術が突如飛躍に広まる、いわゆるリープフロッグ(蛙跳び)型で経済・社会が発展する社会である。先進国のように既存のシステムやサービスが改革されるのではなく、無から一気に有に変革する社会ではトランスフォーメーションの意味付けがそもそも違う。すべてを予測した上で完璧な中・長期プランを立てることは不可能に見えるし、費用と時間をたっぷりかけた念入りな調査やマーケットセグメンテーションがどれだけ有効かもわからない。このような状況ではGrabの手法が効力を発揮しそうだ。

一方で生活が安定しており変化も少なく、既存のサービスやモノにあふれ、規制が厳しいのが先進国に共通する特徴であろう。特に、協調を好み、何事にも完璧さを求め、失敗を恐れるようになった現代の日本社会では、速いスピードで変化することは難しいのかもしれない。途上国・新興国でデジタル技術を駆使して社会に新しい価値や変革をもたらすGrabのような企業は、我々日本人とはまったく異なるマインドセットと行動力を持っている。彼らの躍進の背景を理解することで、日本が日本流の変革を見つけていくことを願う。何よりも、変革には多大な熱量が必要であり、東南アジアにもGrabにもそれがある、ということは強調しておきたい。

 

引用情報:
*1
Today Online(2019), Grab pledges safer rides for passengers with alert system monitoring driver fatigue levels, retrieved from
https://www.todayonline.com/singapore/grab-pledges-safer-rides-passengers-alert-system-monitoring-driver-fatigue-levels
*2
Compare Hero(2019), Grab Daily Insurance (GDI) For e-Hailing Drivers, retrieved from
https://www.comparehero.my/insurance/articles/grab-daily-insurance-gdi-for-e-hailing-drivers
*3
Yahoo! Japan(2019), 「Grab」をスーパーアプリに変えたハイパーローカル戦略──2020年はAI戦略で企業価値2兆円越えか, retriebved from
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191212-00049480-coindesk-bus_all&p=3
*5
NNA NEWS(2019), 東南アジアの成長率予測、5カ国で下方修正, retrieved from
https://www.nna.jp/news/show/1962456
筆者注:
*4
Foodpanda
ドイツに本社を構える2012年創業のフードデリバリー企業。東南アジアを主力市場とし、ブルガリアとルーマニアにも展開している。ドイツのRocket Internetが立ち上げたが、同じくドイツのフードデリバリー大手であるDelivery Heroに事業を2016年に売却した。