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1.「管理」へ逃げるマネジメントの淘汰

「マネジメントとは何か?」と問えば、様々な答えが返ってくるだろう。日本国内でも、ましてや世界各国と比較すれば、この言葉が内包するニュアンスは変わる。日本語に訳せば「管理職」となるので、多くの日本人はマネジメントの役回りを「管理」と答えるだろう。実際、英語のmanagementにも、「管理」を意味するcontrolやgovernanceというニュアンスが入るので、「管理」が語彙に含まれていることは間違いない。一方で、directionやhandlingという「方向づけ」や「操作」といったニュアンスも含まれている*1。すなわち、組織を率いてどこかの方向に動かす仕事もまた、マネジメントの責任範囲である。しかし、こと日本においては、マネジメント=管理業務と置き換えられている節がしばしば見受けられる。言い換えれば、上からのお達しを受けて、組織を維持管理することがマネジメントの第一義となり、同等以上に重要なはずの「意思決定」、すなわち組織が歩む方向を定め、鼓舞し、成果を出しやすくして、目標に導く、というニュアンスが希薄である、と筆者は考える。コロナ禍は、「管理」を重視することで「意思決定」から逃げる管理職の存在に周囲を気づかせる。トップ、上司、部下、取引先が全方位的に、彼らに気づく。

コロナ禍がもたらした強制的な「非接触」「非移動」は、テレワーク導入の手応えを経営者に与えたはずだ。案外まわるんじゃないか、と。
日立製作所は5月26日、政府が提唱する緊急事態宣言後の新常態(ニューノーマル)を見据え、多くの勤務形態に在宅勤務を標準化する方針を打ち出した。2020年を移行期間とし、2021年4月からは在宅を標準とした勤務形態を正式適用するという*2。ネット企業老舗のGMOや野菜宅配D2Cのオイシックス・ラ・大地など前衛的な企業が積極的にニューノーマル対応していくのは想定の範囲だが*3、社員数30万人を超える日立の挑戦は驚きである。富士通も当面の間、出勤率を最大25%に抑えるという*4。情報産業とはいえ、大手製造業がニューノーマルへの積極対応に踏み切った意義は大きい。筆者の周辺の中堅企業やスタートアップも、続々とテレワーク推奨に舵を切り始めている。

そもそも、テレワークで仕事が回るなら、経営者にとってそれは理想である。オフィスなどの固定費は少なくて済むし、通勤の支給交通費も減る。地方や外国在住、家庭の事情で家を離れられない優秀な人達も採用できるだろう。それが実行できなかった大きな理由の一つは、管理業務である。正確に言えば、管理という名のもとに固定され続けてきた慣習と、それに従属することで管理=マネジメントと解釈してきた管理職と、彼らが作り上げた組織文化のことである。既に多くのニュースやネット上の言論で囁かれているように、管理業務の中にはナンセンスな物が多い。その最たるものがハンコ文化に代表される文書承認のスキームであろう。
契約書や注文書において、実は押印の義務はなく、サインでも信憑となる*5。事実、ハンコ文化のない海外との取引ではサインで済まされている。さらに、契約署名の電子化を認める電子署名法は2001年に施行されており*6、契約書面の電子保存を認める電子帳簿保存法も2015年に金額上限が撤廃されている(これまでは、契約書の金額上限が3万円だった)。さらに、契約書がデジタル化されれば、収入印紙は必要なくなる*7。企業が電子契約化に踏み切れないのは技術や法の問題よりも、電子化によって企業組織が失うもののほうが大きいからであろう。
すなわち、電子化による業務効率が強いるプロセス変更、これに伴う様々な取引ルールの改訂、電子化に必要なソフトウェア投資コスト、新プロセスを覚えるための一時的な学習負荷などの導入時の痛みとともに、電子化によって軽減される管理業務の効率化によって生み出される時間を「責任業務に再配分」に対する恐れが生み出す消極姿勢によるところが大きいであろう。管理重視型マネジメントにとって、方針策定や意思決定に時間を割くということは、不得意領域に自ら光を当てるということでもあるのだ。改革案をマネジメント会議にかけた時、「出来ない理由なら100万個だってでてくる」というのは、知人の外資系マネジメントが日本企業に転職した時の言葉である。

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