ForgeRockという企業がある。2010年創業で、スタートアップとしてはレイトステージに入るシリコンバレーの会社であり、IDマネジメントのSaaSプラットフォームを提供する。彼らはこの4月、「おそらくは最後」とするシリーズEの資金調達を発表。今回の調達額は9.35億ドルと巨額なものだが、通算233.7億ドル調達の最後にして一部に過ぎない*1。同社を有名にしたのは、オープンアーキテクチャのアクセス管理プラットフォーム、OpenAMを商用化したことだろう。OpenAMはかつてサン・マイクロシステムズが提供していたOpen SSOというシングル・サインオン(SSO)管理のオープンソフトウェアを起源とする。同社を買収したOracleがOpen SSOの開発継続を中止したことを受け、ForgeRockがこれを引き継いだ*2。
この経緯からも分かる通り、ForgeRockはID管理プラットフォームの会社である。そして、これがクラウドで提供されるということは、自社サーバで管理せずとも、様々なID管理が可能になる。高度なセキュリティと複雑なログインを要求する認証プロセスを素早く構築でき、かつクラウドで提供されるということは、莫大な開発投資だけでなく、セキュリティ維持に費やされる管理コストがゼロに近づくということである。まして、GDPRなどの個人情報管理問題の処理も同時に実現できる。さらに、クラウド型の利点として、パターンマッチングが効率的に使える。不正アクセスの認証パターンや特徴を解析し、検出やアカウントロックに活用するのはセキュリティソフトウェアの基本のキであるが、不特定多数の企業の利用パターンが検出分母となれば、ブラックリストの検出バリエーションは広く、アップデートは早い。何より、全て同時にサービスのバージョンアップが可能である。
このパターンマッチングは、様々なサービスに適用ができる。デバイスの不具合検出や、コンテンツ表示の最適化も同じ技術を使っているわけだが、その肝となるのはIDである。ユーザー個人を特定するIDと、彼らが所有するデバイス、ネットワーク、閲覧したデジタルコンテンツにはそれぞれIDが存在する。これらをマッチアップしてユーザーの行動パターンを洞察し、より最適なサービスを提供することがデジタル時代の根幹であるとも言える。筆者は長くデータ分析を生業としてきたが、IDがマッチアップしないデータはゴミに等しい。一方、一度IDマッチすれば、突如貴重な資産に変貌し、様々な用途に活用することが可能になる。これが「データは21世紀のオイル」と呼ばれる由縁である。そして、このIDマッチとデータ分析を軸に圧倒的な競争力を持って君臨しているのが、GAFAと称される巨大デジタル企業たちである。
ForgeRockは、GAFAにしか出来なかったIDマッチの技術を様々な企業に提供していくことになる。圧倒的な技術力と蓄積されたデータに裏打ちされた彼らは、市場の蛇口を握っており、多くの企業は彼らにひれ伏さざるを得ない状況が続いている。ForgeRockは、ある意味GAFAの競争優位性を小さくし、他の企業に挑戦権を与える位置づけかもしれない。巨額の資金調達実績がその未来への期待を裏付けているといえるだろう。
Techcrunchの記事によれば、ForgeRockの主要顧客実績として、コロナ禍における金融業へのアクセス数は50%増え、ストリーミングは300%増えているという*3。この分だけ、優良な市民も犯罪者も、何らかのサービスにログインしているということである。この傾向は少なくとも数年続くことになるが、少なくともForgeRockのようなIDマネジメント企業は、企業の素早いDXを後押ししてくれるだろう。ただし、そこから新しい価値を生み出すのは、ForgeRockの仕事ではない。逆説的に言えば、IDマネジメントというデジタル時代の根幹的要素が生み出す価値をイメージできなければ、DXの実現は難しい。そして、逆もまた然りである。ID管理は一見地味な技術だが、DXのセンターピースといえるかもしれない。日本では、ForgeRockはNRI(野村総合研究所)と2014年にパートナー契約を結んでいる*4。
引用情報:
*1
Pitchbook(2020), ForgeRock Overview, retrieved from
https://pitchbook.com/profiles/company/53963-20
*2
Wikipedia(2020), OpenAM, retrieved from
https://ja.wikipedia.org/wiki/OpenAM
*3
Techcrunch(2020), ForgeRock nabs $93.5M for its ID management platform, gears up next for an IPO, retrieved from
https://techcrunch.com/2020/04/21/forgerock-nabs-93-5m-for-its-id-management-platform-gears-up-next-for-an-ipo/
*4
ZDNet(2020), NRI、米ForgeRockの“IRM”製品提供--ユーザー情報を厳密に管理、SSOなど, retrieved from
https://japan.zdnet.com/article/35051618/