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シリコンバレーとNYC、スタートアップ製造装置の二大拠点はアフターコロナでもクラブハウスたり得るのか?

作成者: DXNavigator 編集者|Sep 25, 2020 6:36:46 PM

突然だが読者の皆さんは、その名も「Silicon Valley」と言う名のドラマをご覧になったことがあるだろうか?

2014年にシーズン1を開始し、昨年2019年に最終シーズンであるシーズン6が終了した。平たく言えば、シリコン・バレーで成り上がるテック・スタートアップの顛末を描いたドラマなのだが、サクセスストーリーと言うよりは完全にコメディである。

そして、強烈にシリコン・バレー社会、ひいてはテック・スタートアップそのものや、それに群がる人たち、そしてアメリカのビジネス社会のクレイジーさを強烈に皮肉っている。このドラマを見てちょっと引いてしまうあなたは、かなり常識人である。爆笑できるなら、あなたはかなりの業界通か、もしくはちょっと、アレである。(筆者はかなり爆笑した。現在、自らの社会適応性を疑っている。)*1

 

ともあれ、そのシリコン・バレーは誰もが知るテックの聖地だが、ニューヨーク市と合わせてStartup Hub(スタートアップ・ハブ:スタートアップを資本や提携先とつなぎ合わせる地)の2大巨頭としてこの30年近く君臨してきた。そのTech Hubは、新型コロナウイルスの影響によって地位を失うのか?という問をTechcrunchが同誌の有料記事”Extra Crunch”で投げかけている*2。同誌は、この問いに対して、主力寄稿メンバーであるDanny Crichton、 Alex Wilhelm、Natasha Mascarenhasの3名にそれぞれの意見を反映させる形でこのコラムを成立させている。

 

 

一言でいうと、Dannyはあまり変わらない派で、その他2人は変わる派である。

 

 

Dannyの言い分はこうである。

  • 以前からコミュニケーションツールは浸透していたにもかかわらず、VC(ベンチャーキャピタル)はずっとSFを拠点にしている。
  • COVID-19のあとは、ダウンタウンから離れ、サンドヒルやサウスパーク、カリストガといった郊外が新しいパワースポットになるだろう。
  • 意図的なセレンディピティが発生する場としてシリコンバレー周辺はStartup Hubであり続ける。

 

というものである。彼の言い分は、ほぼVCからの視点である。資金供給源であるVCがそこ(シリコンバレー)にとどまり続ける以上、そこはパワースポットとして機能する。VCは三密を避けて郊外のナパバレー近くのおしゃれなレストランなどにコミュニケーションを移すことになるが、シリコンバレー「周辺」をウロウロすることには変わらない、という。自ずと資金がほしいスタートアップはここに集まるということだろう。

 

他の2名、AlexとNatashaは否定派である。むしろ、全国に散る。

 

Alexによれば、

  • 既にシカゴやアトランタでスタートアップがIPOするような状況だし、そもそもスタートアップはリモートワーク・フレンドリーである。
  • 2拠点以上に分散することが当たり前になり、SFに集まり続ける必要性が薄くなる。彼の表現を借りれば「原子を失えば質量を失う」ことになる。
  • スタートアップという原子は、今後もSFに居なければならないという状況ではない。結果、スタートアップの集合体たる質量をSFは失う。
  • VCは「握手型」「リモート型」に割れるだろうが、結局は「テクノロジーの才能」がどこにいるかが重要。
  • その才能達は(拠点を)分散していく。

 

Natashaは、

  • 数十年というスパンで見れば、シリコンバレーやNYCはStartup Hubとしてのベースを失い、拠点は多様化するだろう。
  • 短期的にはシリコンバレーはシリコンバレーであり続ける。築き上げられた「(成功者の)クラブハウス」のようなものは簡単には無くならない。
  • ただ、その潮流に逆らうスタートアップも出現するし、彼らにとってやりやすい状況が生まれているのも事実。
  • あるY Combinatorの卒業生は「(COVID-19が終わって)世界がもとに戻っても、(SFには引っ越さず)ボルチモアの自分のコミュニティに投資する」と言った。

多少なりともシリコンバレーやニューヨーク市をご存じの方、もしくはアメリカのスタートアップシーンをご存じの方は、Natashaの言っている「クラブハウス」文化はご理解いただけるだろう。彼の国は、選ばれしものだけが入れるクラブハウス、というものを非常に好む。投資家が集まり、メディアがあつまり、名門校のアルムナイが集まる、エリートの会合が行われる空間である。

一生懸命自分をアピールし、大きく見せるために、なんとかしてこのクラブハウスに潜りこみ、人脈を獲得して、運転資金と名声と、IPOのチャンスを得るのだ。スタートアップという自由に見えるが、そこにはある種の「型」がある。シリコンバレーで成功する「型」があり、ニューヨークで成功する「型」が存在する。そしてその基本形は、この数十年変わっていない。なんとかしてクラブハウスに潜り込むのだ。このクラブハウスの変化系が Y CombinatorやPlug and Playなどの男塾、いや、アクセラレータであると筆者は考える。

 

鶏と卵の問題でもあるが、カネがあるところに人が集まるのは経済原理である。

だが、もともと東海岸的なクラブハウス文化が強く、金融センターでもあるニューヨークとカリフォルニアは対局文化でもあり、お互いに揚げ足を取り合う間柄でもあった(HBOのSex And The Cityあたりを見ていただけるとわかる)はずで、だからこそ、シリコンバレーは「新しい」経済を切り開いたはずだ。スタンフォードやバークレー、カルテックなどの技術に強く、自由闊達な文化の名門校が集まるカリフォルニア州で、自然も豊かなサンフランシスコ郊外の地にXeroxのパロアルト研究所があり、園周辺でHPやAppleが生まれたという背景がある。

良い人材が集まりやすく、自由な発想を愛し、投資してくれる人たちがいたから、ギーク達が突き抜けることが出来た。それがシリコン・バレーである。しかし、いつのまにかシリコンバレー社会そのものがスタートアップ成功の「型」になってしまった。学費も家賃も異常なまでに高騰し貧富の差は拡大し、ニューヨークのバージョン違いのような街になってしまった。リーン・スタートアップなど出来ない。

 

この状況下を嫌って、地方都市で創業し、IPOする企業が増えている。昨年にはソーシャルメディア管理プラットフォームのSprout SocialがシカゴでIPOし、上場初日で1億5000万ドルの時価総額に達した*3。少し前の話だが、カード連動型のキャッシュバックサービスでCLO(C ard Linked Offer)Fitechの注目株として2018年にIPOしたCardlyticsはアトランタ本社である*4。

また、同年にIPOしたクラウド型BIのDOMOはユタ州のソルトレイクシティに本社を構える*5。以前、あるデータサイエンティストに聞いた話だが、結構な数のデータのプロたちは、シリコンバレーではなく、Twin Citiesといわれるミネアポリスとセントポールに集まっているという。その理由は、この街にデータ分析のネタがある(TargetやBest Buyなどの小売流通大手の本社がある)からだが、全米を揺るがしているジョージ・フロイド氏の殺害事件があった街が、次世代のテック市場の牽引者であるデータ・サイエンティストの街になりつつある。

 

コロナ禍が生んだ社会ストレスは、間接的に人種差別や多様化に関する大きな問題提起を世界に問うことになったが、スタートアップの多様化もまた、コロナ禍の影響で次のステージに進んでいくのだろう。人種差別が無くならないように、クラブハウス文化も無くなることは無いだろう。しかし、それを是としない人々は確実に出現し、その対決姿勢と哲学を打ち出し、新しい形の成功を収めようとしている。コロナ禍は、「スタートアップの成功パターン」という点で、多様化を加速させていくことになるだろう。

 

引用情報:
*1
Amazon(2014), Silicon Valley Season1, retrieved from
https://www.amazon.co.jp/-/en/dp/B077TD11DK
*2
Techcrunch(2020), 3 perspectives on the future of SF and NYC as startup hubs, retrieved from
https://techcrunch.com/2020/06/12/3-perspectives-on-the-future-of-sf-and-nyc-as-startup-hubs/
*3
Techcrunch(2020), Chicago’s Sprout Social prices IPO mid-range at $17 per share, raising $150M, retrieved from
https://techcrunch.com/2019/12/13/chicagos-sprout-social-prices-ipo-mid-range-at-17-per-share-raising-150m/
*4
Techcrunch(2018), Cardlytics up 3% following IPO, raised $70 million, retrieved from
https://techcrunch.com/2018/02/09/cardlytics-up-3-following-ipo-raised-70-million/
*5
Techcrunch(2018), Business analytics firm Domo closes at $27.30/share, up 30% after raising $193M in its muted IPO, retrieved from
https://techcrunch.com/2018/06/29/domo-opens-at-23-80-share-a-pop-of-13-after-raising-193m-valuing-the-company-at-around-510m/