大手デザイン家具量販店のIKEAは今年2月、日本初となるCircular Hubを横浜市のIKEA港北店にオープンした*1。この夏までに全国8店舗に順次展開する予定だという。実は、買取サービス自体は世界に先駆けて日本で2017年からスタートしており、ベビー用品などの買取不可や店舗持ち込みのみ買取対応などの制約が徐々に緩和され、買取強化が加速していた*2。
IKEAは、2030年までに循環型かつクライメート・ポジティブ(気候にやさしい)なビジネスの実践を目指しており、ポリエステル製品や木材のリサイクル化、使い捨てアルカリ電池の販売終了(充電式電池に切り替え)などのアクションを実行しているが、その筆頭とも言える施策がBuy Back、すなわち買取サービスの強化である。
昨年末のホリデーシーズンでは世界27カ国でBuyback Fridayキャンペーンを実施。2020年の11月24日〜12月3日の期間中は買取価格を30%上乗せし、不要となったIKEA商品の買取を強化。買い取った商品は修理後に再販されたり、原料として再利用されるわけだが、その販売や再利用のヒントを提供する場としてCircular Hubがある*3。
同社はここ数年、環境配慮を中心としたサステナビリティのメッセージを前面に押し出し続けているが、この背景にはデジタル化の積極的な促進がある。
画像:https://www.ikea.com/jp/ja/this-is-ikea/newsroom/20210210-circular-hub-pubdd3a6930
さらに、IKEAは都心戦略を活発化させている。
日本の原宿、渋谷、新宿に相次いで出店、若者をターゲットとした、廉価かつデザイン性を担保した省スペース用ラインナップは瞬く間に好評を得ている。実はこの都市型店舗戦略は日本独自のものであり、スウェーデンを含めた海外ではまだ郊外倉庫型店舗モデルを貫いている。しかし、日本での成功を経た、いわば「ミニIKEA」が世界に浸透していくかもしれない。
画像:IKEA渋谷店
https://soranews24.com/2020/12/03/worlds-first-ikea-veggie-dog-specialty-store-opens-in-shibuya/
IKEAは他の大手小売業に比べてデジタル化が遅れていると言われ続けてきた。スマホアプリ上で購買できるようになったのも昨年のことである。早くからオンラインでのマーケティングには力を入れており、AR活用によるIKEA家具の配置を確認できるIKEA Placeの試みは2012年に開始されているのだが*4、残念ながら使い勝手が良いものには仕上がっていない。
この状況を変えるべく招聘されたのが現CDO(Chief Digital Officer)のバーバラ・マーティン・コッポラである。彼女はマドリッド工科大学を卒業後、半導体大手のTexas Instrumentsでキャリアをスタート。その後、名門INSEADでMBAを取得してGoogleフランスのディレクターとなり、本社勤務となってからはChromecastやYou Tubeのマーケティング部門でグローバルヘッドを歴任。その後、アメリカのフードデリバリー元祖であり大手のGrubHubのCMOを勤めた後、2018年にIKEAのCDOとなった。彼女の参画後、IKEAは本格的なDigital Transformationを3カ年計画で開始し、さまざまなインタビュー記事も上がっているが、具体的なケースは明示されていない。ただ、デジタル企業への出資は劇的に増えた。2018年の12月にはTRAEMAND(デジタルを活用してキッチンの測定、設計、実装を行う)、2019年にはLivspace(ワードローブなどの大型家具や内装工事をカスタムメイドする)、Northvolt(リチウムイオンの充電電池)、そして、リバースロジスティクス(返品特化型物流)のOptoroに出資している。これらに共通しているのは、IKEAのサービスオペレーションの一角を担う企業であり、電池のNorthvolt以外はオンラインオーダーに関連している。
画像:https://newatlas.com/ikea-augmented-reality-catalog-app/28703/
一方、日本のIKEAは、イケア・ジャパン社長のヘレン・フォン・ライスに牽引され、若者をターゲットとした商品開発をベースに、店舗限定グッズやスウェーデン・レストランの開設といった話題性づくりからエントリーしている。
一見、相反する動きに見える両者の試みであるが、実はショールーミング+eコマースという観点で共通している。
これまでのIKEAはマーケティング側でのデジタル適用に力を入れていたが、バーバラ就任以降はオペレーションのデジタル化にシフトしている。冒頭のCircular Hubは買取を啓蒙し、かつ再販を行うためのショールームとして機能している。ヘレンの都市型店舗は、渋谷店限定バッグなどのフロントエンド商材で顧客を誘引し、一人暮らしのためのIKEAを提案するショールームに接触させる。従来のIKEAのように、クルマで来て、持ち帰る、という購買行動は期待できない。つまり、持ち帰れない家具などの大物は、ショールームで見て、モバイルで買う、という行動につなげている。
IKEAは、今年から家具買取サービスに出張引き取り方式を加えた(有料)。会員カードはスマホアプリ化され、IKEA名物とも言える紙カタログは2020年をもって廃止され、購買・閲覧動向によってパーソナライズされるデジタルカタログとなり、スマホアプリに内包されている。いずれCircular Hubで売られている再利用品も、渋谷限定アイテムも、オンラインで販売されるようになるだろう。
再利用を前提としたサーキュラー・エコノミー(循環型経済)の実現に、デジタル技術はかなりの役割を占める。最大のポイントは販売した商品の再利用と再販売に関わる流通インフラの形成である。販売した商品を消費者から調達するリバース・ロジスティクスと、修繕して再販するリコマースが回らなければ実現は難しい。この点、IKEAが返品物流のユニコーンであるOptoroに出資しているのは合点がいく。また、引っ越しが多い東京などの都心独身者にとって、特に今の世代の若者にとって、リサイクルは重要なポイントになる。都市型店舗の出店は、販路であると同時に、リサイクル家具持ち込みの回収接点としても機能していくことになるだろう。メルカリで売ることに慣れたモバイル世代は、引っ越しのときにIKEAに家具を「戻す」という行為を抵抗なく実行できるだろう。
IKEAがグローバルで強力に推進するサーキュラー・エコノミーの実現は、実は若い世代の消費スタイルに大きく立脚している。そして、最も重要な機能は、その「循環」を実現するインフラ網である。IKEAのDXは、循環型経済とモバイル世代の若者、という両輪を得てゆっくりと、着実に進んでいる。
引用情報:
*1*3
IKEA(2021),人と地球にやさしい循環型社会にむけて, retrieved from
https://www.ikea.com/jp/ja/this-is-ikea/newsroom/20210210-circular-hub-pubdd3a6930
*2
IKEA(2021), 買取サービス, retrieved from
https://www.ikea.com/jp/ja/customer-service/services/removal-recycling/buyback-pub9a4d6270
*4
WIRED(2017), イケアはスマホアプリにARを導入し、「家具の買い方」を根本から変える, retrieved from
https://wired.jp/2017/10/06/ikea-place-augmented-reality/