建設DXという言葉を耳にしたことがある方も多いだろう。建設業界ではITの導入とともに建設現場そのもののあり方を改革するDX(デジタルトランスフォーメーション)が求められている。
2020年、建設市場はコロナ禍によって先進国ではマイナス成長となったが、2021年には回復した。世界全体としては成長率はプラスを維持している。2021年以降は途上国で4%以上の成長率で伸びていくと予測される。今後も市場サイズは堅調に成長し、2030年には2.25倍になると予測されている*1。
そのような中で課題とされているのが次の3点だ。
1つ目は高齢化による引退や人材が長期で育たないことによる有能な労働者の減少。2つ目は、ベテラン労働者の欠如やデジタル・ギャップなどから意思疎通やマネジメントが困難となり、多種多様な揉め事が生産性の向上を阻害すること。そして3つ目が不確実性、つまり建設業界はこれからどうなっていくのか、現場はどこをどういう風になっていくのかというところがテーマになっている。
熟練工がいないことは世界中で言われているが、とくに少子高齢化が進む日本ではこの先も向き合っていかなければならない深刻な課題である。
マッキンゼーの2017年の調査によると、建設業界の一時間あたり生産性は全業種平均の67.5%しかなく、効率の悪さが伺える*2。つまり、この生産効率の悪さを改善するだけで、(生産性が世界経済平均値に追いつくことで)1.63兆ドル(約179兆円)分の生産力が上がり、人材不足の穴を埋めることが可能になるはずだ。市場が伸びなくても、ビジネスが成長することが見えているので、建設DX つまりデジタルを使って生産効率を上げれば、大きな伸びしろが残されているのではないかと考えられる。
画像:McKinsey & Company (2017) *2
同資料の予測によると、日本は、2020年までは世界第3位の建設市場を持っていたが、2030年までには4位に落ちるだろうと言われており、主にインドやインドネシアなどの、労働人口が増えていて、かつ開発の需要が非常に大きい市場が伸びてくるわけである。日本の建設市場は難しいポジションに入っていくのではないかと思われる。
日本国内に目を向けると、国土交通省の統計局の情報では、日本の建設市場はコロナ禍で一度沈んだものの2008年ぐらいから継続的に上がり続けている一方で、労働人口はリーマンショックの時に比べると右肩下がりが続いているのがわかる*3*4。この矛盾が、日本建設市場はこの10年で復活を見せているものの、生産性向上は喫緊の課題であり、これが向上しなければいずれ市場成長が頭打ちになることは明白である。
以上のことをまとめると、少ない労働人口の中で市場成長を成立させるためには生産性の拡大が至上命題であり、建設業界がテクノロジーに力を入れているのはこの課題への対応であり、その期限は待ったなしということである。でなければ、成長の伸びしろは新興国を中心とした外資勢力に巻き取られるか、生産できずに成長を鈍化させるか、なのである(下記図参照)
画像:アジアクエスト作成(2022)
ヒトのデジタル・ツインは、いわゆるメタバースの世界。デジタル世界にヒトが参加することで経済活動を生み出す。再現世界がファンタジーな空想世界(VR)か、現実の複製・拡張(AR)の違いがある。
VR的デジタルツインは、VRゲームの世界から派生しており、FacebookによってSNS的コミュニティ要素へ広がろうとしている。
ビジネス的には、ゲーム課金・広告などの無限領域が広がっており、パーティやコンサートのエンターテインメントだけでなく、ウェビナー、リモートワークなど、ビジネスの空間としても期待されている。
モノのデジタル・ツインは、大きく分けると2つある。
一つは、プロダクト製造時に3Dを駆使した仮想モデルを指す。CADによる設計図面に様々なメタ情報を加味することで、製造前の正確なシミュレーションに加え、IoTを駆使することで、運用後の遠隔メンテナンスに活用が期待されている。
もう一つは、オフィスや施設、空間などのモニタリングを目的とした活用。センサー等によって吸い上げられたデータをもとに、機器や人員の稼働状況を監視して生産の効率化を図るスマート・ファクトリーや、オフィスやコミュニティ内のヒトの動線などの可視化と遠隔管理などが期待されている。
ボーイング社は、モデリングからモニタリングまでをデジタル・ツイン化して作業効率と完成品質の精度を向上させている。特筆すべきは、クライアントである航空会社に運行管理のプラットフォームを提供して、世界の運行状況をデジタルツイン化して、サービスにまで消化させている点だ。
各航空会社に納品した航空機をエッジデバイスに見立て、運行記録を収集。これには、機器のデータに加えて、乗務員や作業員の稼働状況、天候なども含まれる。このデータを子会社JappesenのAviation Analyticsによって解析し、運行遅延の原因追求と予測・対策支援を行っている。航空会社であるクライアントの遅延による損害(払い戻し)は年間360億ドルに上る。ボーイング社は同ソフトウェアによる収益と同時に顧客利益の最大化という新しい利用価値を提供し、さらに自社機体の運行データをリアルタイムで取得し、製造開発にフィードバックしている*5。
画像:AIAA(2020) *5
建設現場の全体像(モノやヒトの動き等)を3次元で可視化するのが『3D K-Field』だ。IoTとBIMを組み合わせ、デジタルツインを実現している。測定対象や環境に合わせた最適なセンサーを選定しており、データを取得している。
前述した課題に加え、働き方改革関連法によって建設業には時間外労働の上限規制が2024年に適用される。これらを解決するべく生産性の向上が建設業の喫緊の課題となっている。
遠隔管理の目的には大きく3つある。
人
目視や立会いが必要なもの以外は遠隔に切り替えられ、少人数で効率的な管理が可能。
資機材
パートナー企業の社員が機材を探し回ることが減る。また稼働率の適正化を行うことで資機材の適正な配置などを再検討できる。
工事車両
瞬時に車両位置が確認できるため作業員の待ち時間を削減することが可能。ストレス軽減にも繋がる。
3D K-Fieldは施工完了後の施設管理・運営でも運用が期待される。現在、羽田イノベーションシティ*6を筆頭に活用が始まっている。
3D K-Fieldは『計画→設計→実装→テスト』といった開発工程を機能単位の小さいサイクルで繰り返すアジャイル開発を採用し、必要なときに必要な機能をリリースしている。1ヶ月で2度3度本番環境へ機能のアップデートを行い、またクライアントの鹿島建設に確認いただくための環境は毎週のアップデートを行っている。
アジャイル開発を採用した理由は、動作条件や実装面で不確実性が高く、直感的な視認性と操作性が最重要となる3Dインターフェース開発では、非常に有用なアプローチだと判断したからだ。また、短い期間で最大限の成果を出すため、変化に柔軟なフレームワークを採用している。短い頻度で開発側だけでなくクライアントの確認も入ることで開発の透明性も上がっている。
3D K-Fieldはインフラチームを含め計5チームが稼働している。この大規模な体制でもアジャイル開発を採用し、サーバーレスなアーキテクチャで毎週の機能拡張を実現している。
鹿島建設はすでに建設現場以外の取り組みを始めている。
3D K-Fieldはさまざまなデータをビジュアライズすることを一番の強みとしており、人流データのビジュアライズ等も始まっている。
具体例としては羽田イノベーションシティにおいて、自動運転カートの利用有無による回遊性の評価をすることで、来街者の回遊性向上に寄与している。
ほかにも、オフィスでの在席、施設稼働、電車の運行、駅構内の人流、モビリティ運行、都市データの可視化等さまざまな部分で利用が可能だ。
さらに、収集データの建設事業へのフィードバックも行う予定だ。企画から建物の引き渡しまでに収集できたデータを次の現場の施工計画に活かせないかと考えている。デジタルツインの取り組みはブランドイメージの向上にも繋がり、採用にも繋がると考えられる。
鹿島建設 川島:
建設業界はものの作り方が何十年とほとんど変わっていない業界なんですね。
最近はPCやiPadが配布されて、今まで紙に書いていたものが少しずつIT化が進んでいっています。
そうやって少しずつは変わっていっているんですが、全体を一気に効率化するようなことにはなっていない。そこでデジタルツインを使うことで、既にできていたデジタル化がすべて繋がっていく。デジタル上ですべてが把握できるようにもなりますし、実際に現場で汗水流して働いているところがロボット化されて、操作はデジタル上でするとか、危険な仕事も減りますし、ゆくゆくは家から現場のロボットを動かすとか。そんなやり方自体を変えるものになるのではないかなと思っています。
直近では、現場のデータを取って、工事のやり方が正しかったのか、というのがある程度見えてくるのかなと思います。
今までは経験や勘で進められていた工事が、記録を取ることで、何が一番最適だったのか、そういったことがわかってくるのではないかと思っています。ある意味で、ノウハウが貯まることで経験がいらなくなってくるような感じです。経験がなくても3D K-Fieldのデータから、こういう作り方が簡単ですよと提示されるような、そんな希望を持っています。
ほかには、建設業は「しっかりと施工しましたよ」と証明する書類をたくさん作っていて、そういう紙文化の部分、品質記録のデータの残し方が変わってくると思います。
紙文化からの脱出というのが一つの大きなテーマになると思っています。
アジアクエスト 金澤:
字が汚くて読めないとか、間違っていてやり直し、とか、空間で視覚的に把握できることで効率化が進みそうですよね。
鹿島建設 川島:
素人でもわかる、つまり、今まで図面を読める人しかわからなかった所が、施工がどのくらい進んでいるのかわかるようになるのだと思います。
BIMモデルの存在がただの3Dの情報ではなく、現場の情報が集約され、さらに進化していくことが期待されますね。
鹿島建設 川島:
御覧頂いたように現在は各フロアを箱で表現している状態なんです。各フロアのオブジェクトを切り出して、箱で表現しているのですが、3D K-Fieldがその箱の中のもっと細かい情報、つまり、BIMモデルがもっている細かい情報を表示できるようになれば大きな躍進になるかなと思っています。
BIMモデルは、BIMソフトを入れて、ソフトの操作方法を覚えてやっと扱えるようになるのですが、今後はBIMモデルを3D K-Fieldに読み込んで、細かいデータも見れて、誰でもBIMが触れるようになるといいと思っています。
アジアクエスト 金澤:
ゲームみたいなイメージになってきますよね。3D空間でゲームをするようにデータから予測して工期の伸びがわかったり、天気の情報を入れたらどうなるのかなど、様々な可能性がありますね。子供の教育にも良さそうですよね。
鹿島建設 川島:
子供はゲームの中で世界を作っていることも多いですよね。映画やゲームなど、そういったところにいかに近づけられるのか、というところが我々の腕の見せ所かと思っています。
アジアクエスト 金澤:
ビジネス面もそうですが、「かっこいい」というのも重要なポイントですよね。
鹿島建設 川島:
そのかっこよさについても我々がこだわっている点です。アジアクエストさんのセンスの良さも光っているプロダクトだと思っています。
アジアクエスト 金澤:
いろんな進化の方向がある中で、技術者側から見て、技術的にどこまでできるのかといったイメージはありますか?
アジアクエスト 菊池:
世に出る技術が日々進化していくところも含め、僕たちがどれだけキャッチアップできるのか、どれだけ3D K-Fieldに落とし込んでいけるかというところかと思っています。
また、川島様が仰っていたようにそもそもBIMモデルをまだまだ活用できていない部分もあるとは思っています。デジタルツインでデジタルの中にさらにリアルを迎え入れ、デジタルとしてさらに付加価値を設けていくならば色々な技術を使ってさまざまな情報を表示していく必要があるのかなと思っています。
できるかできないかは僕らが一生懸命調整する部分になるので、ここは「できます」と言いたいですね。
アジアクエスト 金澤:
様々な機能をつけていくと、技術側の戦いの一つが「重くなってしまうこと」なんじゃないかなと思いますが、苦労した点やこれから先苦労しそうな点などありますか?
アジアクエスト 菊池:
苦労した点は正直たくさんありますが、一つずつクリアして今があるのかなと思います。
今後もBIMモデルの情報を表示する中でハードルがあるとは思っていますが、一つずつクリアしてやっていければと思います。
鹿島建設 天沼:
そもそもの目的が建設現場の遠隔管理だったので、建物の遠隔管理をしたい方には親和性があるのではないかと考えています。病院や工場、もしかしたらオフィスも遠隔管理をしたいお客様にぜひご検討頂ければなと思っています。
とくに、スマートシティの分野に力を入れていきたいと考えています。大きな範囲でたくさんのデータを集め、上手く加工していくということをビジュアライズという強みを活かして、一目で状況がわかる価値を上げていけたらと考えております。
アジアクエスト 金澤:
街自体を3D化しているのはありますよね。建物以外でも活かせそうですよね。
鹿島建設 天沼:
そうですね、建物以外にモデルと入れてみるとおもしろいかなと思ってます。
鹿島建設 川島:
例えば大きなクルーズ船とか、飛行機など。さまざまなところに可能性はたくさんありますね。
アジアクエスト 金澤:
海外ではSmart Stadiumの事例なんかもありますね。日本にもたくさんスタジアムはあるので、3D K-Fieldが活かせそうですね。
鹿島建設 川島:
商業施設やアウトレットなどでも活かしたいですね。
アジアクエスト 金澤:
大きな公園なんかもありかもしれないですね。コロナ禍で群衆マネジメントが注目されています。(大阪・関西)万博も控えてますし、群衆マネジメントの一つの解としての3D K-Fieldも考えられるのかなと思いました。
(2022/03/10オンラインにて開催)
参考情報:
*1 GlobalData(2021), Global Construction Outlook to 2024 (including Covid-19 Impact Analysis), Retrieved from https://store.globaldata.com/report/global-construction-outlook-to-2024-covid-19-impact/
*2 McKinsey & Company (2017), Reinventing construction through a productivity revolution, retrieved from https://www.mckinsey.com/business-functions/operations/our-insights/reinventing-construction-through-a-productivity-revolution
*3 ITmedia(2020) 2020年度の建設投資見通し、民間投資の大幅減を政府投資が支える市場構造, retrieved from https://built.itmedia.co.jp/bt/articles/2011/30/news054.html
一次ソース:国土交通省(2020), 「令和2年度(2020年度)建設投資見通し」, retrievewd from https://www.mlit.go.jp/report/press/joho04_hh_000940.html
*4 業界サーチ(2020), 建設業界, retrieved from https://gyokai-search.com/3-kensetu.htm
一次ソース:総務省統計局(2020) 労働力調査, retrieved from https://www.stat.go.jp/data/roudou/rireki/gaiyou.html
*5 AIAA(2020), DIGITAL TWIN:DEFINITION & VALUE, retrieved from https://www.aiaa.org/docs/default-source/uploadedfiles/issues-and-advocacy/policy-papers/digital-twin-institute-position-paper-(december-2020).pdf,
Boeing(2021),
Japsenn(2021).
*6 羽田イノベーションシティ(2022)
https://haneda-innovation-city.com/