日本初のデジタルトランスフォーメーション(DX)情報メディア | DX Navigator

Glossier 創業者エミリー・ワイスのCEO退任と背景 | DX Navigator

作成者: DXNavigator 編集者|Jun 28, 2022 7:30:00 AM

アメリカ発D2Cコスメブランドの先駆者にしてユニコーンクラブに仲間入りを果たしたGlossier。

その最大の功労者とも言える創業者のEmily Weiss(エミリー・ワイス)がCEOの座を退いた。後任には同社ブランド最高責任者を務めたKyle Leahyが就く。

エミリーは会長職として引き続きGlossier(以下グロシエと表記)に残る*1。

創業7年目、栄華を極めた彼女の突然の退任劇には様々な背景が存在する。

第1にコロナ禍による業績低迷。D2Cゆえに店舗型小売ほどの影響はないものの、コスメ業界自体が大きなネガティブ・インパクトを被った。リモートが増え、着飾って人に会う機会自体が激減することで、高級アパレルやコスメ業界は軒並み打撃を食らったわけだが、グロシエも例外ではなかった。2020年には、その象徴とも言えるニューヨークのショールームを閉鎖し、80人のレイオフを敢行せざるを得ない苦境となった*2。

第2にOutta The Gloss騒動である。グロシエのブランドコミュニティの名称であり、コンセプトワードでもある、Into the Glossをもじってつけられたこの言葉は、従業員たちが開設したグロシエの人種差別・雇用問題を糾弾するブログであり、まさにOutta The Gloss(グロシエから出ていく)の宣言である。この騒動が勃発したのは2020年の8月頃。グロシエは顧客満足度第一主義を強烈に推進、従業員ももちろんこの絶対ルールに従うわけだが、低賃金と過剰な労働コミットメントが「お客様のために」の一言で片付けられてきたという。また、人種差別はもちろんLGBTQ差別の排斥も基本コンセプトとしてきた同社内において、有色人種差別や性差別があった、とブログには記載されている。何より複雑なのは、顧客優先主義を貫くがゆえに、顧客からの差別言動が絶えず、従業員は泣き寝入りするしかなかったという*3。

そして、ここが本質だと筆者は考えるが、ポスト・グロシエとも言える競合ブランドの乱立がある。グロシエは間違いなく、コスメティックブランドの新しい境地を開拓した。Into The Glossというビューティブログを中心としたコミュニティから生まれたこのブランドは、コミュニティの声を具体的な形にする、いわゆる「共創」のビジネスモデルで大成功に至った典型例である。また、広告投下と大量生産・大量消費を嫌い、アンバサダーと呼ばれるコミュニティ支持者の口コミによって売上を伸ばすそのスタイルは、過剰なまでの広告投資とブランディングによってトレンドを創出・牽引し、大量の過剰在庫を処理していく伝統的なビューティブランドと明確な線を引いており、誇大広告にうんざりし、サステナブルを信条とするミレニアル世代に大いに受け入れられた。また、販売は原則オンラインのみとし、ショールームとしての店舗を展開するD2Cの基本形ともいえるモデルを作り上げたフロンティアたちの一角でもある。

その一方で、グロシエが展開する商品はシンプルである。モノトーンを基調とし、タイポグラフィを全面に押し出したプロダクトデザイン。肌に優しく、パラベン(防腐剤)やアルコールを一切使用しない。カラートーンもナチュラル。価格帯も高くて$50ほどというお手頃なラインナップ。

ここまで読んでみてお気づきかと思うが、グロシエの化粧品そのものに際立った特徴は、ほぼない。特殊な素材を用いているわけでも、画期的な効能があるわけでもなく、プロダクトデザインは、いわゆるドクターコスメ全盛の現在となっては似たものだらけである。ナチュラルカラーは現在の主流。言い換えると、グロシエが作ったこのデザインコンセプトや製品の差別化要素は、あっという間にコピーされ、業界の標準となってしまった。ユーザーは代替品を容易に手に入れることができるし、さらに言えば、グロシエは特別に崇拝するものではなくなってしまった。IPSYは2011年創業のカリスマメイクアップアーティストによるブランドだが、サブスクリプション一本でカスタムメイドのコスメを提供することでミレニアル層の支持を集め*4、グロシエのライバルとも言えるBoxy Charm(2013年創業)を買収*5。様々なブランドを横断して安価に提供する、オンライン限定のSephoraともいえるUlta Beauty*6。西海岸発でナチュラルカラーメイクを推すColour Pop(2014年創業)*7など、微妙に角度を変えたライバルは枚挙に暇がなく、ドクターズコスメ的なデザインはEstee LauderやUniliverなどの老舗大手はもちろん、Walmartなどの量販店プライベートブランドまでが踏襲し始めている。オーガニックやボタニカルとなれば、これを売りとする自然派ブランドは星の数ほど存在する。

とはいえ、創業者のエミリー・ワイスが一つの時代を切り開いたことには間違いなく、Glossierがあったからこそ、今のコスメ消費トレンドが成立している。差別問題や労働問題も、コロナ禍やBlack Lives Matter騒動がなければ顕在化していたかどうかもわからない。グロシエはOutta the Gloss告発者に対して一人一人対応しながら解決を探っていたようで*8、2022年現在はほぼ沈静化している。これをうまく火消しした、ととることもできるが、ニュースメディアが取り上げて問題化するほどのクリティカルな内容ではなかった、ともとれる。だが、不買運動こそ起こらなかったが、売上低迷とブームの沈下、そしてエミリーの退任の遠因には大きく影響しているだろう。

筆者が個人的に問題を感じるのは、グロシエを時代の寵児に押し上げたのはプロダクトやサービスの品質より、ビジネスやマーケティングモデルであり、時代の空気感を代表するコンセプトでしかなかった。筆者もまた、グロシエを拙著で取り上げているのだが、やはりビジネスモデルとしての面白さからケース化しているのが正直なところである。D2Cブームは往々にして、ビジネスモデルをもてはやす専門家によって話題化され、ブーストされてきた感は否めない。サブスクリプションも、サステナブルもまたしかり、である。創業者はこの空気を敏感に感じ取り、商品そのものよりも、新しい習慣の創出とそれを称賛するファン達が作り出すイデオロギーの価値化に傾倒するのが、いわば投資トレンドであり、アントレプレナーのトレンドかもしれない。そして、イデオロギーの提供価値は長くは続かない。エミリーの退任は、次世代に何を伝えるだろうか。

 

参考記事:

*1 allure(2022), Glossier Founder Emily Weiss Steps Down as CEO, retrieved from https://www.allure.com/story/glossier-ceo-emily-weiss-steps-down

*2 Techcrunch(2020), Glossier just laid off one-third of its corporate employees, https://techcrunch.com/2022/01/26/glossier-just-laid-off-one-third-of-its-corporate-employees-mostly-in-tech/

*3 Fortune(2020), Exclusive: Ex–Glossier employees describe a company that failed to support Black workers—even as it donated $1 million to racial justice causes, retrieved from https://fortune.com/2020/08/18/glossier-black-workers-donation-support-black-lives-ceo-emily-weiss/

*4 IPSY(2022), https://www.ipsy.com/

*5 Boxy Charm(2022), https://www.boxycharm.com/

*6 Ulta Beauty(2022), https://www.ulta.com/

*7 Colour Pop(2022), https://colourpop.com/

*8 GlossierのInstagram アカウントより https://www.instagram.com/p/CD_tyRLMlRf/