トゥーリオと聞くとドリブルのうまいセンターバックとして活躍した日本代表の闘将を思い起こす人が多いかもしれない。少なくとも筆者は。
今回ご紹介するのは、DXの波が直撃しているアメリカ小売業の次世代在庫管理システムとして注目を集めるテック企業のToolioである。
Toolioは2019年に設立したばかりの新進気鋭企業で、クラウドベースの在庫管理プラットフォームを提供している。その特徴は複数のデジタルチャネルと接続し、日々ダイナミックに動く在庫の配置を把握管理し、複雑な調達を可能にすることで、オムニチャネルコマース時代に必須となるスピーディで精密な在庫計画を実践するためのツールである。Techcrunchによると、同社はこの10月に約800万ドル(約10億円)のシリーズA調達を完了。通算調達資金は1030万ドル(約12億円)となった*1。
eコマースでもリアル店舗でも、小売業の在庫管理の実態は、膨大なスプレッドシートによる管理が中心にある。もちろん、在庫管理システムや物流システムのデータベースにマスターデータが存在する。しかし、ちょっとした分析やソート、レポーティングなどはスプレッドシートである。当然、手間がかかり、ヒューマンエラーが起こる。店舗が多ければ、その数だけ非効率が発生する。多くの場合、小売業の在庫は中央管理型のシステムに格納されており、各店舗の発注担当者の現場で気軽に使える状態ではないことが多い。eコマースであっても、自社ECやAmazonなどのモールチャネルを統合管理することは難しく、自ずとスプレッドシートが活用されることが圧倒的に多い。
「在庫計画の民主化」を標榜するToolioのポイントは、マーチャンダイジング、すなわち商品計画をオールインワンで管理できるプラットフォームであることだ。言い換えると、在庫の現状把握から売れ行きの予測、品揃えの最適化、そして調達まで、Toolio一つで行える。各店舗レベルでの売上予測と在庫状況をリアルタイムに把握し、特定の在庫量を下回れば自動発注をかけることができるし、店舗売上目標の予実差分と過去の売れ行き傾向などから、理想的な品揃えの構成を割り出し、揃えるべきカラーやサイズに傾斜をかけることもできる。店舗ごとに用いている様々な分析指標もカスタム可能である。ToolioのUIはスプレッドシートと同じく表計算テーブルで構成されており、スプレッドシートに慣れたスタッフたちもすぐに直感的に使いこなせる利点を持っている。言い換えると、スプレッドシートを使わずともToolioで同等以上の在庫計画が可能であり、ファイルの重複や先祖返りも、伝達ミスによるヒューマンエラーも起こらないということである。
また、Toolioのもう一つの強みは、インテグレーション、すなわち他システムとの連携である。販売チャネルはShopifyやSalesforceとアプリでノーコード連携が可能。分析ではTableauやPowerBI、Looker(2020年にGoogleが買収)と、サプライチェーン連携ではSAPやOracle NetSuite、Microsoft Dynamicsなどとも接続する。言い方を変えれば、Toolioは店舗と本部ERPの中間に入るマーチャンダイジング・ハブのようなものであり、サプライチェーンと販路をデータドリブンでつなぐことに特化したサービスである。
近年の小売DXは、スマートフォンやECチャネル、SNSの進化によって、高速に進化する顧客需要、ひいてはフロントエンド変化の需要に対応するためにバックエンドを変革させる、という立て付けで始まっている。高速配送も即日ピックアップも、オムニチャネル購買も、顧客接点であるフロントエンド、すなわち店舗側が先にデジタルで進化し、これに物流や在庫調達の供給面を追いつかせるのが大きな流れであろう。この販売と供給のスピードギャップを分断しているものの一つが、スプレッドシートによる人力マーチャンダイジングであり、そこにデジタル・ハブとして収まるのがToolioの戦略であろう。実際、その評価は高く、NRF(全米小売業協会)がまとめた「小売サプライチェーンの危機を解決する5つの革新的企業」にも紹介され、同協会が毎年開催するカンファレンス、Retail's Big Show 2022の目玉の一つとしても期待されている*2。
創業者のEytan DaniyalzadeとBerk Atikogluは元Walmartの社員である。Eytanはオムニチャネルのエンジニアリング・ディレクター、Berkはグローバルeコマースのエンジニアリング・ディレクターを4年ほど勤めているが、そもそも彼らがWalmartに入社したのは、二人が創業したStylrという企業をWalmartが買収したためである(2015年)。Stylrは2013年にニューヨークで設立された企業で、リアル店舗のファッションアイテム在庫をカタログ化し、店舗予約できるようにしたモバイルコマースのアプリを提供していた。同アプリは、Macy’sやBloomingdale'sなどニューヨークを中心とした有名百貨店の店舗在庫品の「スマホお取り置き」を実現。美しく、見やすく、使いやすいファッションECアプリとして、また、当時モバイルコマースにシフトできていなかった百貨店がミレニアルにリーチするための重要なタッチポイントとして機能していた。同社をWalmart(当時は@Walmart Labs)が買収したのは、2人の才能を獲得するためと言われており、Walmartの現在のDXの充実ぶりからも彼らの活躍は大きな貢献となったことだろう。だが、皮肉にも彼らはWalmartの中で新しい課題を見つけてしまった。
(ウォルマートレベルの)大きな規模であってもスプレッドシートによるプロセス管理はスプレッドシート主導だった *1(同Techcrunch記事)
この10年「元Amazon組」の才人たちによる技術が、伝統的小売業をDXに導いてきた。そして、今度は「元Walmart組」が次のステージをつくり始めている。
引用記事:
*1
*2
NRF(2021), 5 innovative companies solving for the retail supply chain crisis, retrieved from