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アフターコロナとDX:消費のニューノーマルとDX

作成者: 金澤 一央|Aug 20, 2020 3:44:07 PM

ー小売流通編

前回はマネジメントにポイントを置いてアフターコロナの変化を予測する仮説を立ててみた。今回は、小売流通、すなわちリテールの視点で同様の試みを行ってみようと思う。

 

1. ニューノーマルはウィズコロナではない

既に様々な記事や考察で語られているテーマであるが、コロナ禍以降の「ニューノーマル」における消費市場は確実に変化するだろう。ただ、多くの議論は、どうしてもコロナ渦中のパニック消費(もしくは買い控え)に争点が置かれすぎていると感じる。筆者は「緊急事態宣言明け」後、渋谷の街に久しぶりに出向いてみた。馴染みの飲食店はソーシャルディスタンスをキープし、お客の消毒をしっかり励行、当然全ての店員がマスクをつけて対応していた。店主と話したところ、来客数は最大でも解除前7割程度。席数を減らしているため、顧客回転数は明らかに下がっているという。また「宣言明け」のご祝儀来店も一週間程度のもので、この先このペースが続くなら、やはり厳しくなる、とため息を付いていた。確かに、小売飲食業は試練の時である。しかし、この状況は、程なく終わる。ワクチンが開発され、予防法も治療法が確立されれば、確実に終わる。ペストのときもスペイン風邪もそうだったように、いずれ誰もマスクをしなくなるし、ソーシャルディスタンスも取らなくなる。長くて数年、短ければ1年位で落ち着く、一過性の現象である。この一時的なインパクトはあまりに大きく、多くのビジネスが当座のキャッシュフローに四苦八苦しなければならないのは事実である。それでも、それは一時的なトンネルである。必ず、終わる。ニューノーマルとはウィズコロナが生んだ行動制約に耐えることではない、と筆者は考える。来店促進のアプリを作ったり、動画配信することがニューノーマルに対応する本質ではない。アフターコロナの消費者の気持ちの変化にどう対応するかである。

2. アフターコロナ市場の価値観:デジタル=無限在庫神話の崩壊

消費者市場において、コロナ禍前と後で大きく違うのは、多くの人々がデジタル体験に接触し、体験済みになっていることである。
よくイノベーションの話で出てくるキャズム*1を飛び越えるどころか、一気にレイトマジョリティまで浸透することになる。好む好まざるはさておき、デジタルの便利さと限界を知る人達が、これまでより確実に、しかも爆発的に増える。つまり、人々にとってデジタル体験が特別なものではなくなる。eコマースもダウンロード販売も、配送と店舗ピックアップの選択も、普通の選択肢になっていく。キャッシュレス利用によるキャッシュバックも、デジタルクーポンも、ポイントのオンラインーオフライン連携も普通になっていく。デジタル施策そのものに斬新性はなくなる。むしろ、デジタル「だけ」しかないサービスは片手落ちになる可能性もある。消費者は、商品選択から決済、入手手段に至るまで、好きな手段を選べることに価値を見出すようになるだろう。

コロナ禍で明らかになったデジタル消費の利点は「非接触」「非移動」そのものである。外出自粛の中、必要な物資は配達してもらえばいいのだ。したがって、デジタルコマースの需要は大きく拡大するだろう。一方で、デジタルコマースの欠点として浮き彫りになったのことがある。それは即時入手であり、エンターテインメント性の欠如である。

デジタルコマースは注文は即時可能であるが、少なくとも配送までに1日〜数日はかかる。今欲しい!という商品には不向きである。さらに、案外在庫欠品も多い。例えばコロナ禍におけるマスクやトイレットペーパーの欠品、そして高額転売の横行は記憶に新しいところであろう。一方、大手GMSが調達力と展開力を発揮した。イオンの東雲店がトイレットペーパーの山を作り、Amazonにも楽天にも出来ない技を演じてみせたが*2、東京以外の地方の店舗ではトイレットペーパーもマスクも手に入っていたという。私の実家は北海道だが、東京に準ずるほどの緊急事態だったにもかかわらず、多少品薄感はあれどマスクにもトイレットペーパーにも困っていなかったという。
このことは、必ずしもデジタルコマースそのものが非常時に強いわけではないことを表している。デジタルコマースは、陳列は無限だが、在庫はリアルと同じく有限である。たとえドロップシッピングによる無在庫EC運営であっても、届ける商品が存在しなければ、商取引は成立しない。さらに、即時配達のオペレーション管理をできる在庫は自社管理の流通センター内の在庫だけであり、プラットフォームに出店する店子の在庫は可視化もコントロールも難しい。

Amazonや楽天が自前の倉庫を強化し続ける理由はこれである。逆説的に、既存小売の在庫は各地方に分散しており、このことが欠品や余剰の地域格差を生み出すわけだが、足し上げればAmazonや楽天よりも巨大な管理在庫を保有していることになる。すなわち、全在庫が連結管理されていれば、少なくとも売れ筋の商品供給力はデジタルコマースには太刀打ちできない在庫資産となる。Amazonや楽天は、いわゆる「死に筋」商品を幅広く扱うロングテール戦略でその市場ポジションを獲得してきたのだが、Amazon Freshに代表される生活消費財が次の伸びしろと目されてきた。これが、コロナ禍によってデジタルコマースは「売れ筋」商品の供給力に課題がある、ということに消費者は改めて気づいた。デジタルは「非接触」「非移動」という大きな利点を持つものの、「今欲しいもの」の調達には難がある。したがって、急ぎじゃないものはデジタルで、急ぎのものはリアルで、という使い分けの消費行動は顕著になっていくだろう。

3. アフターコロナ市場の価値観:リアル消費というエンターテインメント

コロナ禍が浮き彫りにしたもう一つの意識変化は消費の、エンターテインメント性に対する気づき、である。緊急事態宣言後、外出自粛となった東京では、人々は繁華街から姿を消した。一方で、住宅地の商店街は安定的に活況を見せていた。先述のように、デジタルでの調達を使いこなしていた人々でさえ、やはり物資調達のために定期的に駅前商店街やスーパーに出向いた。気分転換、物資調達という大義名分のもとに、消費というエンターテインメントを求めて人は街に繰り出した。かく言う筆者も近所のスーパーや商店街を2日に1度は訪れている。コンビニならば毎日である。もちろん、目的は物資調達であるが、人々は今まで以上に、買い物に娯楽性を求めていた。特殊な買い物体験というわけではなくとも、路面店での消費行動そのものが持っている娯楽性に改めて気づいたはずである。そして、宣言解除の後、多くのショッピングセンターに買い物客が集中した。東京では、繁華街のデパートは依然閑散としていたが、郊外のコストコは大混雑だった。

「あれとこれを買う」という明確な目的意識だけでなく、陳列された様々な商品や店舗空間、活気のある人混み、行き帰りの道のり、全てに娯楽性が存在している、ことに、消費者は改めて気付かされたはずである。デジタルがどんなに頑張っても太刀打ちできないリアル消費体験の価値がそこにある。人々は、物資調達という大義名分のもと、自粛下で憚られる娯楽を消費そのものに見出していた。

 

 

緊急事態宣言明けのリアル消費への回帰は、「リベンジ消費」とも言われている。数カ月間の自粛の鬱憤を晴らすかのように消費を楽しむ行為の現れであり、これ自体は一過性のものだろう。しかし、多くの人は、自粛時の我慢と宣言明けのリベンジ消費を通じて、「リアル消費とは娯楽でもある」ことに気づいたことだろう。デジタルで十分に物資調達ができ、コンビニやスーパーの流通在庫も回復しているのに、わざわざ郊外のショッピングセンターに出向き、ドライブがてらに高速のサービスエリアや道の駅を訪問して消費することを楽しむのは何故か?自問自答はせずとも「消費とは楽しむ行為でもあるのだ」と実感した人は多い。

すなわち、アフター・コロナのリアル消費は、娯楽性が差別化になる。「その空間で消費することが楽しい」。そう思わせる場所のプロデュースが生き残りのために必須となるだろう。こう書くと、店員の軽妙なトークやファンシーな内装と捉える人は多いかもしれないが、それは誤りである。もうすこし正確に表現するならば、「その空間で得られる特別な体験」に消費者はお金を払い、他でも十分なものはデジタル消費に移行する。例えば、ナイキのスニーカーを買うためにナイキのショップに出向く必要はほとんどなくなる。サイズのフィット感さえ分かっていれば、デジタル購入で十分だし、むしろ選択肢も広がる。しかし、店舗にしかない特別な体験があるとしたら、人々は旅費を払ってでも訪れるだろう。ナイキとニューバランスを手にとって見比べたければスポーツショップを訪れるだろうし、限定アイテムが欲しければナイキショップに足を運ぶ。性能やインプレッションを確認したければプロショップで店員のアドバイスを聞きに行くだろうし、いつものファッションと合わせたければ、試着に出向くだろう。これらの入手体験それぞれにエンターテインメント性が存在する。これまでも、消費者は自分の求める娯楽性に応じて店舗を使い分けていたのだが、アフターコロナはこれが顕著になる。ただ商品が欲しいだけならネットで十分。入手プロセスまでを楽しみたいのなら店舗に向かう。

 

4. デジタルとリアル、使い分け消費の時代

アフターコロナの人々はデジタルとリアルを確実に使い分けるようになる。どちらがよい、わるいではなく、それぞれの特徴と価値を認識した上で、適材適所に使い分けていく。デジタルしか接点がない企業も、リアルのみの企業も、消費者にとっては片手落ちとなるだろう。デジタル調達で十分なものはリアルで買う必要はないが、今欲しいものは店舗に並んででも買いに行く。物資調達の便利さを追求する一方で、物資調達をエンターテインメントとして楽しむ。デジタル消費とリアル消費は二者択一ではなく、コインの裏表のようなものだと、消費者達は本格的に気づき、積極的に取捨選択をする消費市場が訪れる。

 

 

実際、このことは、Amazonが消費市場を席巻しはじめた10年以上前から言われてきたことであるし、このシリーズコラムの最初でも触れている。コロナは動かなかった変化を加速させる。以前から「そうなるんじゃないかな」と思っていたが「まだ大丈夫」としてきた変革猶予までの残り時間を一気にゼロにするだろう。違う確度から述べるならば、アフターコロナ時代にリアルがデジタルに駆逐されることも無ければ、デジタルがリアルの逆襲に遭うこともない。ただ、消費者は、自分に必要な手段を選ぶようになる。双方の長所と短所を見極めるのみであり、デジタルとリアルがイーブンの土俵に立った時代が始まる。言い換えれば、デジタルかリアル、片方のスタイルにのみ依存しつづければ、ビジネスとしての提供価値が半減してしまう、ということでもある。

そのようなアフター・コロナの時代に、小売業はどうやって生き残るべきだろうか?

5. アフターコロナでの小売消費サバイバル — 両面待ち、在庫の仮想化、予測

消費者が物資調達に感じている価値というものを考えてみると、大きく下記の4つに分類されるのではないだろうか**。

  • 多様性 — 品揃え、バリエーションの豊富さ
  • 利便性 — 入手に必要な労力の少なさ、決済手順、配達など
  • 即時性 — 欲しいときに手に入るか、緊急時に調達可能か
  • 娯楽性 — 調達プロセスそのものが楽しいか

** 在庫の量や販売権の確保、供給価格、という提供価値も大きな要素を占めるが、ここでは消費者の調達プロセスに視点特化するため、この4点に絞っている。

 

 

そして、デジタルとリアルにはそれぞれ特徴差があり、消費者はこの価値基準に応じて調達手段を使い分けることになる。
多様性は、ロングテールに代表されるデジタル商品の根源価値とも言えるものである。さらに、Amazonや楽天のようなモール型は、この多様性を更に広く深くする。陳列の制約だけでなく、マニアックな死に筋在庫を幅広く抱えることは、リアル店舗では太刀打ちできない。
また、利便性も同様である。デジタル上で商品検索、注文が完了し、家まで届けてくれる調達プロセスの利便性向上は、デジタル小売価値の根幹を占めている。たとえ決済のキャッシュレス化が進んでも、店舗訪問自体を省略できる以上、調達の利便性においてデジタルは圧倒的優位にある。
一方、先述のとおり、即時性はリアルに軍配が上がる。たとえ即日配送を実現できたとしても、「今欲しいものを今ここで買う」以上の体験価値は提供できない。まして、何らかの理由で需要過多が発生した場合、デジタルはあっさり欠品してしまうのだが、リアル店舗には弾力性がある。バイヤーの力、独自ルートの確保、デッドストックといった、ある意味非合理的で最適化されていないが故の柔軟性や対応力がリアルの大きな価値になる。
娯楽性は、デジタル消費にも存在しうる。ネットサーフィンで欲しい商品を探しあてたり、オークションで落とすこと自体が娯楽でもある。しかし、この場合、調達目的、すなわち欲しい物がクリアである必要がある。店舗の内装や活気はもちろん、調達前後の道中を含めて、デジタルでの再現は難しい。もちろん、デジタル側ではこの弱点克服の試みがなされ続けているが(バーチャル店舗やアバターによる買い物、ボットのコンシェルジェなど)、やはり別物でしかない。ある種、娯楽性は利便性の対極にあるのかもしれない。

これらのことからアフターコロナにおける鍵となるのは「デジタル+リアルの両面貼り」、そして「消費予測」の力であると筆者は考える。

 


6.「両面張り」と「在庫の仮想化」は生存戦略のキモ

ところで、コロナ禍よりも前に、Amazonは何故、高級スーパーのWhole Foodsを買収し、Amazon Lockerを設置し、無人店舗のAmazon Goを展開し始めたのか?その最大の理由は、消費者の「デジタルとリアルの使い分け」時代を見越して、自らの最大の弱点であるデジタルコマース片翼のビジネスモデルを補正しに動いてのことであろう。先述のように、デジタルコマース最大の弱点は入手までの時間と在庫欠品である。言い換えれば、配送以外に提供手段がなく、在庫は自社倉庫のキャパと把握できる流通在庫データに依存する。

Amazonは、購買決済から着荷までのスピードをゼロに近づけるべく、流通システムに革新を起こした。マーケットプレイス上に展開する店子の在庫を可能な限り最新鋭の自社倉庫に集めることで、配送ミスを無くし、配送スピードを高いレベルで標準化する。限られた倉庫のキャパシティを最適化するために精密な消費予測を行い、地域ごとの売れ筋に沿った在庫配分を行うことで、異常とも言えるサービススペックを実現した。さらに、ラストワンマイル配送の精度を上げるために、配送サービスの自社化にも動いている。ここで問題になるのは不在配達という非効率と、生鮮などに求められる超高速(当日)配送の実現である。不在配達は時間的ロスに繋がり、配送員1人あたりの配送可能数を頭打ちにするし、生鮮食品は倉庫に集めて長時間保有することが出来ないので、どうしても地場の提携店の在庫量と配送スペックに依存せざるを得ない。何より「今、欲しい」「まだ献立は決まってないので店で考えたい」消費者には価値を提供できないのだ。Amazonは自らの弱点を認識し、それを消すために巨額の投資や買収を実行している。

 

 

アメリカ店頭小売の大手たちは、Amazonが弱点を消すために躍起になっている間も効果的な打ち手を打たずに来てしまった。結果、SearsやToys”R”us、Sports Authority、 Barneys New Yorkなど破産の憂き目に会っているし、コロナ倒産と言われるNeiman Marcus、 J.C.Pennyも、破綻の本質原因はAmazonを始めとしたデジタルコマースによる熾烈な競争と顧客離れである*4。彼らのいずれもデジタルコマースを展開してきたが、店舗の強みに拘るあまりデジタルを補完媒体として位置づけ、品揃えも配送能力もAmazonには遠く及ばなかった。Googleで検索すれば何でも見つかる世の中では、百貨店の品揃え力はさほど役に立たない。高級品も安いものも関係なくデジタルで手に入る。仮に限定商品を持っていたとしても、高い配送料を取られ、着荷も遅い。何より、配送を増やせば店舗に顧客が来なくなるので大胆に踏み切れない。

そんな中でコロナ禍を生き残ったMacy’sやWalmart、化粧品販売のSephoraなどは依然存在感を発揮している。
Macy’sは2018年からScan&Payというサービスを始めている。消費者はスマートフォンで商品バーコードをスキャンしてカートに入れ、手ぶらで店舗内をウインドウ・ショッピングすることが出来る。決済は店舗内のカフェで休みながら一括で行うことができ、レジには並ばない。店舗を出るときにカスタマーサービスでまとめて受け取ることが出来る。もちろん、後日配送も、他店舗での受け取りも可能である。

 


画像:Macy’s Scan and Gomのサービスイメージ

Walmartは圧倒的な「店舗での受け取り」能力を充実させている。BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)はリアル店舗生き残りの必須施策と言われて久しいが、Walmartの対応は圧倒的である。今や、全米5000店舗のほとんどでBOPISが可能であるし、無人のPick-up専用ガレージや、Pick-up Towerと呼ばれるシステムまで展開している。もちろん即日無料配送にも力を入れており、これらのサービスをパッケージングした「Walmart+」と呼ばれるロイヤリティプログラムの全国拡大を推進中である*5。

 

動画:Walmart(2019), Walmart's Grocery Pickup Campaign, retrieved from
https://corporate.walmart.com/newsroom/videos/walmarts-grocery-pickup-campaign

 

現在LVMH参加の化粧品プロショップであるSephoraは、2018年にSephora to Goと呼ばれるスマホアプリをリリースしている。スマホアプリに会員証、コマースアプリ、来店予約、メイクアップシミュレーションを内包し、全店舗で顧客データが共有されるシステムである。路面店デジタル問わず、全ての購買履歴や行動履歴、嗜好などの回員データがDB化され、全ての店舗スタッフはタブレット端末でいつでも確認できる。会員はどの店舗でも同等品質のサービスが受けられ、商品の受け取りも可能。もちろん自宅配送も選べる。


画像:AsiaQuest 2019年セミナー資料より抜粋


この3社に共通するのは、全店舗在庫がリアルタイムで連動していることである。すなわち、デジタルコマース在庫と店舗在庫が融合して一つの巨大な仮想在庫になっている。すぐに手に入れたければ、在庫がある店舗で即日受け取り(事実上の取り置き)もスマホ上から可能であるし、全米上のどこかの店舗に在庫があれば、即時にコマースアプリに反映される。仮に店舗で欠品していても、他店舗からの顧客の自宅に配送手続きを取ることが出来る。例えば、Sephoraの場合は、店舗で商品が欠品していた場合、スタッフの判断で別店舗や倉庫の在庫を顧客に無料配送する。もちろん顧客は直接モバイルコマースで買うことも出来る。

 

これらのケースは全てコロナ禍前から行われていることである。Amazonの隆盛はもちろんのこと、伝統的店舗リテールを生業とするこの3社が人類史上稀に見る消費自粛を乗り越えることが出来たのは、既に「両面張り」と「在庫の仮想化」を実現していたことが大きな要因を占めるだろう。彼らの顧客はコロナ禍より前に、デジタルとリアルの両方を使い分けるようになっていた。路面売上が一方的にシャットダウンされてももう一つの強力な販路が確保されていたことは大きい。もちろん、先手を打っていた彼らもCOVID-19の大被害に苦しんでいる。デジタルへの投資コストはまだ回収できていないし、Amazonとの顧客の奪い合いは並行して続く。それでも、彼らは生き残り、Neiman MarcusやJ.C.Pennyはこの3ヶ月でとどめを刺されてしまった*3。

消費者の「デジタルとリアルの使い分け」への対応は数年前から始まっていた。そして、デジタルとリアルそれぞれの弱点と提供価値を見つめ、打ち手を売った企業はしっかりとコロナ禍を生き残っている。通説で、「アメリカで起こったことは数年後日本でも起こる」と言われているが、既にこれらの事例が世に出始めてから3年あまりが経過している。コロナ禍という世相変化の加速装置を鑑みれば、全店舗在庫連動と仮想化、レジを通らない店舗内スマホ決済、そしてBOPISの実現は、アフターコロナでは当たり前になるだろう。何より、消費者は商品選択、決済、入手、それぞれの「消費手段の自由」を求めて使い分けるので、何かが欠落していればそれは減点でしかない。デジタルコマースのリアル店舗展開も、店舗小売におけるデジタル機能実装も、差別化要因ではなく、必須要件になる。

 

7.「予測アルゴリズムの民主化」が小売を変えていく

コロナ禍はデジタルの在庫保有能力を露呈すると同時に、リアルの調達力と柔軟性が有事に力強さを発揮することを改めて証明してみせた。在庫保有力は常に物理的なスペース確保との戦いでもある。特定の商品に需要が集中する「特需」に合わせてスペースを確保すれば倉庫のコストだけで破産してしまうし、死に筋商品在庫を削ればチャンスロスにつながる。しかし、この特需や消費量がある程度予測できたなら、そのリスクは最小限で済むことになる。

また、販売チャネルは販路であると同時にアンテナでもあり、メディアでもある。路面店でもデジタルでも、買い物履歴や動向は受給予測のデータ分母そのものであり、店舗機能はブランド体験を提供する媒体でもある。Amazonや楽天はリアル消費のデータと顧客接点が喉から手が出るほど欲しいし、店舗小売はデジタルコマースの購買履歴やトラフィックが欲しくてしょうがないはずだ。先述の「両面張り」は、消費者の行動変容への対応だけではなく、欠損していた販路とデータ、そしてメディアの確保も同時に意味することになる。すなわち、特定のタイミングに何がデジタルで売れて、何が店舗で売れるか。両方で売れるか、片方で売れるか。これを知ることが出来るのは「両面張り」している企業のみである。また、今回のコロナのように、「非接触」「非移動」の強要によって片方の販路が塞がれた場合のリスクを半減できる。

実際、コロナ禍のようなパンデミックの発生予測は不可能に近いが、発生後の消費やリスク、必要在庫の予測は、データさえあれば可能である。ビッグデータ、すなわち様々な事柄がデータ化される現在、これらを効率的にかき集め、法則性を見つけて、未来に起こる現象を予測することで、様々なビジネスへの効果が期待されているのは周知のとおりである。そして、AIはデータ処理プロセスを自動化する。データを集め、分析できる形に作り変え、相関の見られるパラメータを検出し、モデルの有意性を検証し、予測値をはじき出す。かつて統計学のプロが数ヶ月かかってやっていた工程を、AIが自動化し、1日未満ではじき出す。統計的な予測モデルの活用自体は昔からあった考え方で、製造業や流通業では当たり前のように用いられているのだが、社会や人の動きを予測するという領域で適用されるようになったのは、インターネットxモバイルで様々な個人行動データが取れるようになったここ10年くらいである。データ関連業界が突如マーケティング・テクノロジーに舵を切り始めたのは、「消費行動を読む」という経済予測の永遠のテーマと、IoTの浸透による良質なデータ取得にかなりの期待が持てるようになったからにほかならない。

ただ一つだけ問題がある。予測モデルを作るには、新鮮で大量のデータが必要なことだ。デジタルでもリアルでも、決済数が小規模な場合、有意な予測は得られない。しかし、自分でデータを持っていなくても、汎用的な予測モデルが手に入るとしたらどうだろう?

現在、世界で最も注目されるデータ系のスタートアップにData Robotという企業がある。2013年設立のボストンの企業は最適な予測モデルを超高速で探しあて、ビジネス予測に適用するクラウドサービスの企業であるが、創業者やコアメンバーはもともとKaggleという予測モデルの精度を競うコミュニティ(ハッカソン)上でいつも上位を占めていた面々である。Data RobotはKaggleなどのハッカソンで公開された予測モデルの要素を分析し、ビジネス解決のお題と最適にマッチするモデルを見つけ出し、チューンして自動適用する処理をAIで実現する。モデル検索は業界をまたぐので、様々な発見が生まれる。例えば、化学の成分分析に使われていたモデルが、マーケティングに使われることも可能だし、不動産相場の予測ではイマイチだったモデルでも、農業の生産性で役に立つ場合もある。Data Robotはまたたく間に注目を集め、今では4.31億ドルを調達するユニコーンとなっている*6。

 

 

すなわち、Data Robotは様々なコンペのなかで生き残ったモデルをチューンしつづけることで、最新の予測サービスを様々な業界に提供する。その予測精度が認められれば即座にフィードバックされ、改良モデルが生まれていく仕組みであり、いわばアルゴリズム・アズ・ア・サービス(AaaS)と言えるだろう。つまり、企業が膨大なデータを持っていなかったとしても、他社で実証された予測モデルを使うことが可能になる。もちろん、独自のデータを「食わせ」無ければ最適なフィット感は得られないだろうが、少なくとも、「独自データが十分に溜まるまで予測はできない」という事態はなくなっていくはずだ。彼らが言うところの「データサイエンスの民主化」は、特定の秀才による職人芸からデータサイエンスを開放し、広く行き渡らせることを意味している。そして、Data Robotのようなモデルを提供する企業は星の数ほど存在する。Google のCloud AutoML*7はまだまだ専門知識が必要だが、Data Robotと同じくKaggle Grandmasterの称号を持つH2O*8などのサービスが競争を続け、小規模小売に特化したスタートアップも出現しているので、提供価格はどんどん廉価になっていくだろう。つまり、価格面での民主化にも現実味が見えている。

アフターコロナが加速する市場は、Data RobotやH2Oなどのビジネスをさらに引き上げることになるだろう。少なくとも、彼らが生み出した「高精度予測モデルの水平展開」は、統計モデルの民主化を生み出すことになると筆者は考える。既にこの領域には、世界中に数多くの競合がひしめいており、エンタープライズ向けからSOHO向けまで数多くのサービスが展開されている。アフターコロナの時代において、企業が統計モデルをつかって販売予測や在庫予測をすることは極めて一般的なものとなっていくだろう。

 

8.まとめ — アフターコロナの小売業はどうなる

以上のことをまとめてみよう。
まず、ニューノーマルにおける消費とは、ウィズコロナによる行動制約に合わせたものではなく、その後に訪れる「デジタルとリアル使い分けの時代」の消費である。
次に、消費者は、デジタルの無限在庫神話をもう信じない。みんなが欲しいものはデジタルでも欠品する。今欲しいものは店舗に行くしか無い。逆に、急ぎじゃないものはデジタル調達で十分である。
そして、消費者は、消費にエンターテインメント性をより求めるようになる。とくにリアル消費は、調達プロセスの体験そのものに娯楽としての対価を支払う傾向が顕著になる。デジタルで買えないものの入手、ではなく、デジタルでは体験できないことを楽しむ、がリアル消費の魅力となる。
これらのことから、消費者は自分が欲しい価値によってデジタルとリアルを使い分ける。片方しか無い場合は提供価値も半減することになり、小売業にとってのデジタル/リアルの「両面張り」は、売上、データ取得、メディア露出などの面で必須事項になる。
「両面張り」が一般的になることで、デジタルとリアルを横断した在庫の確保と把握、そして需給予測もまた、必須事項になっていく。データ予測活用の最大のネックだったデータの量、質の確保、専門家の必要性と、これに伴うコストの問題は急速に解決されていく。汎用的な予測モデルがクラウドで利用できるようになり、データ収集や精度のチューンなどもAIで代行され、データサイエンスは一気に民主化への道を進むだろう。

 

 

本シリーズコラムの冒頭でも申し上げたが、コロナ禍は加速装置である。既に始まっていた変化の兆しの本格化を加速する。ウィズコロナはその急速移行に伴う一過性のイレギュラー状態であり、アフターコロナは、変化によって生まれた新しい消費ルールの時代 — すなわち消費のニューノーマルを生み出す。デジタルはリアルを駆逐せず、リアルはデジタルに逆襲することもない。消費者はただこれらを使い分け、提供者はそのニーズに応えるのみである。

 

[参考アーカイブ]

アフターコロナとDX 序章(2020)
https://dx-navigator.com/2020/06/18/after-covid19-dx-01/

アフターコロナとDX 産業構造の変容加速とDX:ビジネスマネジメント編(2020)
https://dx-navigator.com/2020/07/16/after-covid19-dx-02/

AmazonのデスノートとWalmartの逆襲:前編(2019)
https://dx-navigator.com/2019/10/17/column-dx-deathnote-amazon-and-counterattack-walmart-01/

AmazonのデスノートとWalmartの逆襲:後編(2019)
https://dx-navigator.com/2019/10/17/column-dx-deathnote-amazon-and-counterattack-walmart-02/

熾烈なラストワンマイルの争い − Walmart vs Amazon(2019)
https://dx-navigator.com/2019/09/11/last-one-mile-walmart-vs-amazon/

 

筆者注:
 *1
キャズム、レイトマジョリティ
ジェフリー・ムーアが1991年にその著書「キャズム」(原題:Crossing the Chasm: Marketing and Selling High-Tech Products to Mainstream Customer)で提唱したマーケティング理論。革新的な商品が一部のマニアだけでなく市場のマジョリティに受け入れられ、商業的に成功するためには「キャズム」と呼ばれる断層を超えなければならない、とするもの。当初ハイテク商材の商業的成功のための理論として用いられていたが、現在では様々な商材に当てはめられるようになっている。
Synapse(リリース日不明),   キャズム理論とは-ハイテクマーケティングの定番, retrieved from
 
引用情報:
*2
Campaign(2020),   イオン、買い占め阻止を目指しトイレットペーパーを大量陳列,  retrieved from
*3
CNBC(2020),   Macy’s weighs raising as much as $5 billion in debt to weather coronavirus crisis, retrieved from
*4
Washington Post(2020),  Pandemic bankruptcies: A running list of retailers that have filed for Chapter 11, retrieved from
*5
DigitalCommerce360(2020),   Walmart's new loyalty program won't be an Amazon Prime clone,  retrieved from
*6
DataRobot(2019),   DataRobot、シリーズEで2億600万ドルの資金調達を達成, retrieved from
*7
Google(2020),   Google Cloud AutoML, retrieved from
*8
H20.ai(2020)