世界最高の排ガス規制とカンフルが中国EV市場を動かす

中国の自動車メーカーに関して、特に自動車大国日本では興味も薄ければ、実情も全然認識していない人がほとんどだろう。かく言う筆者も、「タクシーはフォルクスワーゲン(VW)だらけ。レクサスやベンツが富裕層に売れている」程度の認識である。あらためて、中国における自動車メーカービッグ5なるものを調べてみると、その全てが海外メーカーとの合弁会社を複数傘下に持つスタイルを取っている。

 

1.第一汽車(FAW):トヨタ、マツダ、VWと合弁。紅旗と呼ばれるフラッグシップカーはトヨタクラウンがベース。

2.上海汽車(SAIC):VW、フォードと合弁。

3.東風汽車(DFM):ルノー、ボルボ、日産、ホンダ、起亜(韓国)、プジョー・シトロエンなどと合弁。

4.長安汽車(CHANGAN):スズキ、マツダ、フォード、プジョー・シトロエンなどと合弁。

5.奇瑞汽車(CHERY):ジャガー・ランドローバーなどと合弁。

 

このように、1社が複数社と合弁企業を立ち上げ、特定のプロダクトブランドの国内用OEM生産を行っている。例えばVWのジェッタは第一汽車だが、サンタナは上海汽車が製造している。

このビッグ5以外にも乗用車メーカーだけで29もの自動車メーカーが存在し、トラックやバスの製造専業も20社以上ある。14億人の国内マーケットの大きさを物語るスケールだが、未だ国際ブランドと言える企業は登場していない。*1

そんな中、2019年にテスラが本格進出を開始し、上海のギガファクトリーをロールアウトさせたことは以前にも述べた*2が、これに呼応するかのように中国国産EVのスタートアップが本格的な活動を開始している。現在、上海蔚来汽車(蔚来:NIO)というスタートアップが唯一、国産EVとして市場展開をしている。同社は2018年にニューヨーク株式市場に上場を果たしているが、その後売上不調や資金調達難が続き、大規模なレイオフを行うなど経営が危ぶまれていた。Techcrunchによると、2014年の同社設立以来の累積赤字は60億ドルに上るという*3。しかし、昨年末の第三四半期中間報告で上方修正が発表され、株価が急上昇している*4。

実は中国政府は昨年夏、EVメーカーへの助成金を減額を発表し、国内の新車販売は急速に落ち込んでいた。さらに「国6」と言われる世界最高水準の排ガス政策が前倒しで適用され、多くの化石燃料国産車が未対応であることも大きな減速要因となっていた。このタイミングでEVの雄テスラが本格上陸し、排ガスを出さないEVに再び脚光が集まったという背景が推察できる*5。

 

 

そんな中、中国EVスタートアップのもう一つの雄、理想汽車(理想:Lixiang)がニューヨーク株式市場に上場を申請した。申請が承認されれば、IPOは2020年前半となる予定で、幹事証券会社はゴールドマンサックスである。中国系調査会社Equal Oceanの報道によると、Lixiangは重慶力帆汽車を買収してEVライセンスを取得後、2018年にレンジエクステンダー搭載のEV(小型ロータリーエンジンによって発電を行い、航続距離を拡張するEV)のIdeal Oneを市場投入した。また、アリババやシャオミの出資を受ける小鵬汽車(小鵬:XPeng)は2018年にコンパクトSUV-EVのG3を発表。同年シリコンバレーオフィスを構え、技術人材の採用とコネクティッドカーの研究開発を促進している。

奇しくも、先述の排ガス基準「国6」によって、日本メーカーは短期的な売上増を享受した。ビッグ5を中心とした中国国産メーカーや米国メーカーがこれに対応できなかったが、対応可能な日本メーカーは、停滞が始まった中国国内の新車市場で一人勝ちとも言える恩恵を得ることが出来た。一方で、EVの進展にはまだ遅れを取っている格好だ。

助成金が削減され、中国の自動車メーカーは淘汰の局面を迎えている。テスラが中国国内生産を開始したことで、競争は更に過激なものになるだろう(輸入車としてのテスラは関税25%、米中貿易戦争で更に増えるかもしれない)。一方で、否が応でも本格的なEVシフトを余儀なくされ、厳しい国際競争にさらされながら、いくつかの「中華EV」が世界市場に突き刺さる可能性はむしろ高まったのかもしれない。イーロン・マスクすらEV推進のカンフルに使っているとしたなら、彼の国の戦略の深さは計り知れない。

 

引用情報:
*1
Wikipedia(2019), 中国の自動車産業, retrieved from https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E7%94%A3%E6%A5%AD
*2
DX Navigator(2019), イーロン・マスク訪中から考えるDXと国家, retrieved from https://dx-navigator.com/2019/12/20/elonreevemusk-in-china-think-nation-dx/
*3
Techcrunch(2019), After several disappointing quarters, Chinese EV maker Nio’s sales surge, retrieved from https://techcrunch.com/2019/10/08/after-several-disappointing-quarters-chinese-ev-maker-nios-sales-surge/
*4
Techcrunch(2019), China-based NIO’s shares skyrocket as the Tesla rival beats investor expectations, retrieved from https://techcrunch.com/2019/12/30/china-based-nios-shares-skyrocket-as-the-tesla-rival-beats-investor-expectations/
*5
Newsweek(2019), 排ガス新基準で中国の自動車販売台数が大ブレーキ、きっかけは「汚染との戦い」, retrieved from https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/07/post-12494.php
*6
Equal Ocean(2019), Bad timing? Yet Another EV IPO: Chinese Carmaker Lixiang Aims for USD 500 Million, retrieved from https://equalocean.com/auto/20200103-a-bad-timing-yet-another-ipo-chineseev-maker-lixiang-aims-for-usd-500-mn

 

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