釣りのDX始まる ーーーsmartLureの「科学的な釣り」への挑戦

筆者は釣り好きである。北海道の田舎町に生まれ、全国的に有名な渓流が近くにあれば、自ずと釣りが娯楽になる。ヘラブナや鯉釣りから始まって、中学時代に渓流釣りを覚え、上京してからは海釣りにスイッチ。そして最近は源流釣りがマイブームである。釣りを通じて子供の頃から思っていたことは、「魚はなぜ釣れるのか」である。

普通に考えれば、そこに魚がいて、目の前に餌を差し出すから釣れるのだ。しかし、人によって釣果が違うのはなぜだろう。近所のおじさんに聞くと「それはウデだ」で片付けられるのだが、誰も明確に説明してくれない。同じ餌や仕掛けが毎日通用するわけではないし、時間帯や季節はもちろん、水温や風の強さ、水の濁りなどでも釣果は大きく変わる。また、場所が変われば同じ餌は通用しない。それでも、やはり釣れる人と釣れない人が存在する。それはなぜなのだろう。

そんなふうに思っていた幼少期、ルアーや毛鉤という疑似餌釣りに出会ってからその謎はさらに深まる。餌でもない羽毛や金属や木材の物体に、魚は食いつく。「餌に見えるから」魚は食いつくのが基本ロジックだが、どう考えても魚に見えないルアーでも釣れてしまうし、下手をすると精巧なイミテーションよりスピーナーのようなプロペラの付いた、とても魚に見えない金属のほうが釣れるときさえある。

 

 

そして、これだけ科学が進んだ現在でも、「魚が釣れる方程式」はまだ存在していない。

札幌に拠点を構えるスタートアップのスマートルアーは、この謎に迫る一人のアングラー(釣り師)によって設立され、その結晶とも言うべき市場先行モデルがこの4月に公開された。Techcrunchによれば、Model Zeroと呼ばれるこのモデルはクラウドファンディングのKick Starter経由で4月26日に公開された。smartLure Model Zeroは、簡単に言えばルアーの中にセンサーを搭載している。そのセンサーが水深や水温、透明度などを探知し、データとしてスマホに送り、集計・可視化され、ルアーの動きや釣れたときの条件などをデータで確認することが出来る*1。同プロジェクトの支援はKick Starter上から参加でき、3色のカラーバリエーションから好きなsmartLure Model Zeroを選択する事ができる。最低プレッジ(支援)価格は¥14,980からとなっている*2。

 

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画像:smartLure / Kickstarter

https://www.kickstarter.com/projects/smartlure/smartlure-model-zero?ref=discovery&term=smartlure

 

ファウンダーの岡村氏は、東京理科大卒の理系ながら大手新聞社の記者を勤めていた異色の経歴の持ち主。当然、釣りマニアであり、「釣れる謎」をデータで解き明かしたいという情熱の持ち主である。2017年にスマートルアー社を創業し、2018年にはsmart Lure Prototype:αを開発して実証実験を開始*3、この度ようやく市場投入版のModel Zeroがベールを脱いだ。

 

魚がルアーに食いつく理由はいまだ謎だらけであるが、そこに何らかの「キラー変数」つまり、釣れる理由に高い相関を持っていると考えられる変数はいくつかある。水温や水の透明度などがそれだ。そして、魚のいる場所、つまり適切なポイントの適切な水深に適切なルアーを流し、適切なアクションを提供すれば、魚は食いつく。しかし、いくつか問題がある。魚が実際にいる場所の水深や水温は測れない。ボートから真下にルアーを落とすなら別だが、ルアーはアクションさせるために遠くに投げて距離を引かなければならないのだ。そして水の透明度は表層からの見た目でしか判断できない。smartLureはこれらを数値化するのだ。あとは適切なポイントを見つけて適切にルアーを流すわけだが、この適切が、いわゆる「勘」だよりになる。魚がいそうな場所(ポイント)は地形でまあまあ判断できるが、そこに何色のルアーを投げて、どんなアクションをすると釣れるのかは、まさにトライ・アンド・エラーでしか得られない。これの積み上げによって出来上がるノウハウがいわゆる「ウデ」であろう。smartLureはこのトライ・アンド・エラーの膨大な測定サンプルを積み上げ、正規化・可視化していくことで、最も釣れる条件をデータで表すことができるのだ。

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画像:スマルア技研/smartLure

 

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画像:スマルア技研/smartLure

このアプローチは、職人の暗黙知を分析して自動化する製造技術や、クリック率の高いクリエイティブとターゲット・セグメントをマッチングさせるアドテクノロジーなどと基本的には同じである。すなわち、人間の行動をデータ化し、特定の事象を引き起こすパラメータを見つけ、最良な組み合わせパターンを探すことであり、ビッグデータによって目的達成の確率を上げることである。smartLureは「魚を釣る」という目的を達成する確率を上げるために、釣りのビッグデータを集め、「釣れる方程式」を探るのだ。魚が釣れる謎をぼんやりと、そしてずーっと考えてきた筆者にとって、そして、ただの釣り好きとして、smartLureは目が眩むような魅力的サービスである。

 

そして何より、一人のビジネスマンとして、smartLureはデータの可能性を再確認させてくれるだろう。釣り名人の「ウデ」という暗黙知をデータで可視化する行為は、ビジネス革新におけるそれと全く変わらない。smartLureは、科学的アプローチの長所も短所も、釣りというエンターテインメントを通じてわれわれに語りかけてくれるに違いない。ただし、あなたの力量も冷徹に測定されるので、挑戦や向上の必要性を突きつけられることになる。それを楽しめるかどうかは、あなた次第である。

 

引用情報:
*1
Techcrunch(2021), 魚が食いつくまでのルアーの動きや水中環境をデータ化し「釣りの秘密」を探るIoTルアーが登場, retrieved from
https://jp.techcrunch.com/2021/04/23/smartlure-model-zero/ , 2021.05.01
*2
Kick Starter(2021), Model Zero—Intelligent lure for data driven fishing, retrieved from
https://www.kickstarter.com/projects/smartlure/smartlure-model-zero?ref=discovery&term=smartlure
全訳版
スマルア技研(2021),【Kickstarter全訳】smartLure Model Zero – ビッグデータで“釣りの秘密”を解き明かす世界初のIoTルアー, retrieved from
https://labs.smartlure.co/2021/04/26/smartlure-model-zero_pre/
*3
Techcrunch(2018), センサー搭載のIoTルアー「スマートルアーα」が登場, retrieved from
https://jp.techcrunch.com/2018/11/06/smartlure/ , 2021.05.01

参考情報:
smartLure
https://smartlure.co/
スマルア技研
https://labs.smartlure.co/

※編集部注:TechCrunch Japanの引用記事は、引用当時に存在していたURLを掲載しています。同サイトは2022年5月1日にて閉鎖となるため、リンク先記事が消失している可能性があります。

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