リングフィットがもたらす運動のデジタルトランスフォーメーション

ゲームがフィットネスジムの存在を脅かしている

任天堂が開発した『リングフィットアドベンチャー』(以下、リングフィット)*1をご存知だろうか。

リングフィットは2019年10月に発売されたNintendo Switchのソフトだ。「冒険しながら、フィットネス」のキャッチコピーを掲げ、運動することによって物語が進むアドベンチャーゲームである。新垣結衣が出演するCMを観たことがある人は少なくないだろう。発売から1年経った今でも公式サイトは常に売り切れの表示が出ており、手に入れるためには抽選が必要なほどの人気を誇る。

付属品のリングコンと呼ばれる弾力性のある輪っかと、足に巻くレッグバンドにNintendo SwitchのコントローラーであるJoy-Conをセットするだけで冒険の準備は完了だ。着替えて外に出たり、ジムに行ったりする必要がない。これに加えて、運動をするための準備が圧倒的に簡単である、という、ゲームならではの手軽さこそがリングフィットの最大の魅力と言えるだろう。そのうえパッケージを買ってしまえば、フィットネスジムのように毎月の月謝を払わずともプレイし続けられる。

誤解を恐れずに言えば、人々の生活がコロナウイルス(Covid-19)の蔓延により変化せざるを得ない状況となったことは、リングフィットにとってまるで追い風のようなものだっただろう。外出自粛を余儀なくされるなかで、いかに家から出ずに健康を保つかは人々の関心を集めた。その条件にぴったりとフィットしたのがまさにリングフィットだ。

 

任天堂のフィットネスゲームとしての前身「Wii Fit」「Fit Boxing」

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もちろん、自宅でできる運動ゲームは今までにも発売されている。同じ任天堂から2007年12月に発売されたWiiソフト『Wii Fit』*2が良い例だろう。Wii Fitはヨガをメインに、他にもバランスゲームや有酸素運動が40種類以上収録されており、プレイヤーはトレーニングの成果をグラフやカレンダーから確認できる。重心バランス、BMI、運動能力を測定し、実年齢と運動能力から"バランス年齢"が可視化される仕組みは当時画期的なものだった。
それでも、Wii Fitに「所詮はゲーム」という認識を持つ人は多く、フィットネスジムと同列に語られることはなかった。その理由は単純に運動負荷の問題だろう。Wii Fitシリーズはその後もWii Fit Plus, Wii Fit Uなどハードを変えてソフトが発売されたが、スクワットやプランクといった、聞いただけで汗がにじむような運動負荷の高いものは存在せず、汗をかいて、必死にやるものという認知はされていなかった。
それに対して、2018年12月に発売されたNintendo Switchソフト『Fit Boxing』*3は、Joy-Conと呼ばれるコントローラーを握れば、いつでもどこでもその場がすぐジムになる。人気の洋楽に合わせてエクササイズしたり、人気声優が声を当てた複数の専属インストラクターから一人選ぶことができたりする魅力もある。こちらはストーリー性はないが、Wii Fitと比べて本格的な運動の要素が強く、リングフィットにより近いゲームであることは間違いないだろう。
しかしながら、リングフィットほどの爆発的な人気とならなかったのはなぜか。その違いはプレイヤーが長く継続できる工夫の差のように思える。

 

リングフィットの魅力とは

Wii Fitも、Fit Boxingもスタンプカードや日々の体重や運動量をグラフで表示し、プレイヤーがプレイし続けてしていることを可視化する仕組みはあった。一方で、リングフィットはそれだけでない、人々を飽きさせず、長く続けさせる工夫に溢れているように感じる。簡単にまとめると下記の5点が挙げられる。

 

 

1.夢中になれる壮大なストーリー :ゲームそのもののエンタメ力

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リングフィットの大きな特徴の一つはなんといってもそのストーリー性だ。「カラダで戦う、アドベンチャー」というキャッチコピーが表しているように、それは主人公と、前述したリングコンのキャラクター、リングと一緒に世界を救う冒険である。敵を攻撃して倒し、そして先へと進む。普通のRPGゲームと違うのは、攻撃がプレイヤー自身の"運動"であるところだ。フィールドで敵と遭遇するとターン性のバトルが始まり、プレイヤーは「フィットスキル」と呼ばれる運動で敵にダメージを与える。「フィットスキル」はスクワットやプランクなど40種類以上もあり、鍛えたい部位にあった運動が可能だ。バトルもののゲームには欠かせない相性の仕組みもあり、足を鍛えるワザが弱点のモンスターには足を鍛えるワザを使ったほうが多くのダメージを与えられる。

プレイヤーとリングが目指すのは最強の敵、ドラゴを倒し、世界が闇のオーラに包まれてしまうことを阻止することだ。そんな壮大な物語は1日30分プレイしたとしても、約3か月かかる大ボリュームで*4、物語が進むにつれてリングとドラゴのかつての関係性が暴かれていくのも興味深い。話の続きが気になってつい長く続けてしまうゲームと違って、体力に限界がくるために1日に進められる量が限られてくるのがもどかしいほどだ。

 

2. 徹底的に応援してもらえる:褒めてモチベーションを維持

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いくらストーリーが面白くても、運動がそもそも苦手、嫌いという人もいるだろう。
リングフィットはプレイヤーが嬉しくなるような演出に富んでいる。開発秘話の、Wii Fitの開発にも関わったディレクターの松永浩志氏のコメント『運動自体が嬉しくなるようにするしかなかったんです。プレイヤーと一緒に冒険することになるキャラクター「リング」のボイスを筆頭として、いろんな演出を駆使して徹底的に「応援する」ことにしました』に見られるとおり*5、あらゆる場面で何かを達成すると、キャラクターのリングやパーソナルトレーナーのミブリさんが褒めてくれるのだ。一人で運動をしていても褒められることはあまりないので、プレイヤーのモチベーションアップに繋がったことは言うまでもないだろう。

 

3. むしろ「外に出るより楽しい」:非日常感の演出で飽きさせない

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従来の運動といえば、家の近所を走ったり、フィットネスジムへ行ったりと外に出てするものの印象が強い。
家だと新鮮さがなく、ついサボってしまいそうだという人も安心してほしい。リングフィットの冒険のコースは無数にあり、そのどれもが無機質なものではなく、山、川、湖、谷、といった自然と一体化したコースが美しく描かれている。むしろフィットネスジムよりも非日常感を感じることができるかもしれないし、それこそ、RPGゲーム好きにはたまらないだろう。ワールドが20以上に分かれており、新しいワールドに進むたびに見られる景色が変わるのも、魅力の一つだろう。

 

4. 毎日設定した時間にアラームが鳴る:リマインダーで運動をスケジュール化

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リングフィットをプレイしていると、始める前と終わる際にパーソナルトレーナー的な役割を果たしてくれるミブリさんから、しきりにアラームの設定を勧められる。どうやら、日々の習慣づけのために同じ時間にアラームを鳴らしたほうがいいとのこと。
例えば21時にアラームをセットすると、21時だけでなく、21時5分、21時10分と計3回のアラームが鳴るようになっている。たとえ気が進まなくても、3回も鳴らされたらやらなければ、という気分にもなる。在宅ワークでろくに外に出歩いていない日ならなおさらだ。嬉しいのは曜日によって細かく時間を設定できることだ。休日は早めの時間にしたり、金曜日は鳴らさない設定にすることも可能である。

 

5. SNSでの共有:孤独な戦いからの脱却と競争意識の喚起

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それこそWii Fitが発売された2000年代後半とは世界のありようが変わっている。SNSは一般的なものとなり、Twitterでフォローしあえば顔も名前も知らない人と気軽がコミュニケーションが取れる。
リングフィット用にTwitterアカウントをつくる人も多く、そのアカウント間での交流も盛んだ。YouTuber、VTuberがリングフィットをプレイする動画も散見される。もちろん、自分の身体を鍛えるということは孤独な作業だ。けれど、だからこそ「今日はこのくらい頑張った」ということをTwitterのアカウントで報告して、「いいね」やそれに対するコメントを受けとることはモチベーションアップにつながるだろう。

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これまで、リングフィットが持つ「続けられる仕組み」を述べてきたが、運動を習慣づけたいと思っても、続けられない人もいるし、小さなタイミングの積み重なりでしばらく間を空けてしまう人もいる。そうして久しぶりにプレイしようとしたとき、しばらくやっていなかったことを責めるようなコメントではなく、「しばらくプレイしていなかったから、運動負荷を下げましょうか」という提案をしてくれることについてはSNS上で大きな反響を呼んだ。
みんなもちろん続けたい、習慣づけたいとは思っている。けれど、それぞれに事情や理由があって、開始のアラームを罪悪感と共に聞くだけの日々を送ってしまうこともあるだろう。そんなとき、画面の中のミブリさんは「無理に続けなくてもいい」、「筋肉痛のときは休んでもいい」とコメントをくれる。
また、Wii FitやFit Boxingのように、プレイした日とプレイしてない日が可視化されるシステムではなく、リングフィットは今までの運動を経験値として換算し、貯まればレベルアップする仕組みにすることで、頑張り=積み上げるものという位置づけをした。レベルとして表示することで、プレイヤーは過去の頑張りはリセットされてしまうものではなく、確実に自分の力になっている感覚を実感できるわけだ。

「毎日必ずやること」よりも、「少し休みながらも長く続けること」を褒め、それをサポートしてくれるシステムの優しさが心に響く人も多いだろう。
また、続けられなくても「知識」が手に入るというのも魅力の一つだ。運動後のストレッチ画面では、運動と食に関する豆知識が次々に紹介されるので、ストレッチをしながら読むことが可能だ。また、プレイ終了間際は1日1回解説つきの豆知識が手に入り、筋肉に関するクイズもできる。万が一続けられなかったとしても、その知識は確実に身になっているだろう。
このように、長く続けるための工夫がたくさん施されている一方で、続けられなくても責められず、知識も身に付く、ということもリングフィットの魅力だろう。
コロナ禍で生活の在り方が変化し、人々はそれぞれの様々な事情を抱えるなかで「休みながらも継続すること」を優しくサポートしてくれるというのは、ほかのフィットネスゲームとの大きな差別化となった。

 

リングフィットがもたらす、運動のデジタルトランスフォーメーション

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家の中でもでき、続けるための工夫がされており、お金も(フィットネスジムに通うより)かからない―そう考えてみれば大きな人気になったのも頷ける。
SNSでの交流が発生するという点も、今ならではの現象だろう。近所のフィットネスジムに行って近所の人と一緒に運動することよりも、家でリングフィットをプレイして、プレイした時間をSNSに投稿し「いいね」やそれに対するコメントを受けとるほうが、デジタル時代を生きるユーザーにとっては、よっぽど一体感を感じる行為なのかもしれない。そしてそれはコロナ禍の外出自粛でさらに強まったように思う。
もちろん、リングフィットだけが特別だというわけではない。『Fit Boxing』は公式のページにSNSでの投稿を載せ、公式のnoteアカウントをつくり*6、いろいろな発信を試みている。
けれどやはり、その壮大なストーリー性と長く続けられる工夫によってリングフィットに長く熱中している人がほかのフィットネスゲームより多くいるのも事実だ。

ともあれ、リングフィットを皮切りに、今後は、場所を取らない・選ばない運動があたりまえとなっていくだろう。まさに運動とは外出してするものというイメージの変革が起こり、それにより冒頭で述べた通り、フィットネスジムの存在意義を脅かしているという面もある。
リングフィットは、ゲームという一見運動やフィットネスとは正反対の言葉としてとらえられるものをうまく組み合わせたものだ。それに加え、どこでもできる気軽さ、続けるための工夫を追加することで、リングフィットは運動のデジタルトランスフォーメーションを起こしていると言っても過言ではないだろう。リングフィットは、運動によってもたらされる健康やダイエットといった提供価値を変えないまま、その成果を得る過程、いわば価値提供プロセスを大きく変革している。すなわち、苦痛を伴う鍛錬と専門道具、そして強力なコミットメントの必要性を消し去り、いわば受け身のエンターテインメントを楽しみながら同じ成果を得る仕組みをゲームの世界観で創り出したのがリングフィットではなかろうか。

リングフィットの出現は伝統的なフィットネス産業への脅威とも言える。一方で、こういった気軽さで健康や運動に興味を持つ人が増えれば、フィットネスジムのターゲット層が厚くなるわけで、そういった意味ではフィットネスジムとリングフィットはギブアンドテイクの関係だとも言えるだろう。まず健康や運動に興味を持ってもらうことが何よりも難しく、運動及び健康に関わる業界人がそれを何よりも求めているからだ。

引用情報:

*1
任天堂ホームページ(2020), リングフィットアドベンチャー, retrieved from
https://www.nintendo.co.jp/ring/
*2
任天堂ホームページ(2007), Wii Fit, retrieved from
https://www.nintendo.co.jp/wii/rfnj/
*3
任天堂ホームページ(2018), Fit Boxing(フィットボクシング), retrieved from
https://fitboxing.net/
*4
任天堂ホームページ(2020), リングフィットアドベンチャー, retrieved from
https://www.nintendo.co.jp/ring/adv/index.html
*5
任天堂ホームページ(2020), 開発スタッフに聞く『リングフィット アドベンチャー』, retrieved from
https://topics.nintendo.co.jp/article/e115dc48-07de-4a31-aed1-ad65b3cbeb64
*6
note(2020), Fit Boxing 公式ノート, retrieved from
https://note.com/fitboxing_img

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