新春のサプライズ、SONY製自動車

2020年が開けて間もない1月6日、ラスベガスで開催された家電国際見本市、CESで日本企業が久々に話題を振りまいたのがSonyによるコンセプトカー、Vision-Sの発表であろう。あのAppleですら諦めたのに、Sonyはクルマを造る気なのか? 場内は騒然としたが、吉田憲一郎社長のスピーチでそれは違う驚きに変わる。結論からいうと、Sonyはクルマを造るつもりはないらしい。今の所。しかし、本気で自動車産業に関わっていく意思表示がVision-Sの発表であると言えるだろう。

世界有数のAV家電メーカーであり、ゲームプラットフォーマーであり、音楽・映像配給会社であり、AIBOという愛玩ロボットの市場を初めて造ったSonyである。その国際プレゼンスは陰りを見せたとはいえ、その名を知らない人など世界にはいない。彼らがクルマを造ったならどうなるだろう、という期待は誰もが持ちうるし、造れそうな気もしてしまう。実際、CES2020に参加していたアメリカの知人は、かなり興奮した様子だった。

「カズ、SonyはやっぱりCoolだよ。考えてみれば、彼らの総力を結集すれば、これからのクルマに必要な90%が出来てしまう。無いのはパワートレイン(動力部分)と板金ぐらいだ。」

パワートレインと板金が無い段階でクルマに必要な90%は満たしていなのでは?と突っ込みたくなったが、冷静に考えるとそうでもないかもしれない。

ところで、今回のCESにおけるSonyの発表は極めて少なかった。皆が期待したAVメーカーとしての領域において、目新しい新製品の発表もコンセプトモデルもなかった。発表されたのは、4Kの有機ELテレビと大画面8Kテレビのみ。米国ニュースサイト、Sony情報を専門に追いかけるSony Reconsideredによれば、「今年のCESのSonyは、キラキラの新商品を期待していた記者にとっては災害みたいなものだった」とする。そして、吉田社長から最後に紹介されたVision-Sによって、記者達は報われることになる。同誌は「(今回の)CESで最高のキーノートだった」と結んでいる*1。

Sonyが発表したVision-S。外観はスタイリッシュなシルバーの4ドアで、ミニマルデザインを貫いてきたSonyらしく洗練されている。本業の自動車業界関係者からも評価は高い。エクステリアもさることながら、Sonyらしさが出ているのはインテリアであろう。

運転席および助手席に連なる横一線のコントロールパネルは、Panoramic Screenと呼ばれる。もはや運転者のための計器ダッシュボードではない。そこには美麗な映像スクリーンがあり、好きなコンテンツを楽しみながら移動する空間を演出する。

 

 

360 Reality Audioと銘打たれたオーディオ技術は、再生するサウンドを360度の仮想球面上に配置して、より臨場感と没入感のあるオーディオを提供するもの。簡単に言うと、ボーカルやギター、歓声、床がきしむ音、などそれぞれの音が聞こえてくる方向を設定することが出来る。この音が、各シートや壁面など車内33箇所のスピーカーから最適化されて出力される。

Sonyが今、モビリティ業界で注目を受けている技術の一つが車載向けCMOSイメージセンサーである。過去イメージセンサーといえば主力はCCDだったのだが、2008年ごろに技術革新が起こり、一斉にCMOSという規格にシフトしていく。その革新の中心にあったのが裏面照射型CMOSのExmorである*2。この技術は同社のスマホであるXperiaや様々なIoT家電に搭載されるだけでなく、他社の重要な部品として揺るぎない地位を持っている。ちなみに、Appleは公式に発表していないが、複数のメディアがiPhone11Proのイメージセンサーはソニー製と予測している*3。Vision-SはこのCMOSセンサーを中心としたセンサーシステムによって自動運転と制御を実現する。この仕組みはSafety Cocoonと呼ばれ、2018年のCESで既に発表されている*4。

また、クルマをクルマ足らしめる部分の外装やパワートレインについては、Tier1サプライヤーであるMAGNAとの共同開発であり、その他部品に関してはBlackBerryやBoschなどの供給を受けているという。

ここまで書いてみると、SonyがなぜVision-Sを発表したかがイメージできる。この未来自動車は、Sonyの今後10年のVisonであるということだ。EV化、自動運転によるモビリティ革命の中で、Sonyがどのように自動車業界と関わり、ポジションを取っていくのか?を自ら体現したプロトタイプである。乱暴な言い方をすれば、IKEAが家具を売るために部屋そのものを店舗でプロデュースするように、Sonyは自らの製品群がどのようにクルマに使われていくことになるのか、を実際に動くクルマを造って表現したのである。

この背景にはもう一つ裏がある。CESにおける発表には様々な縛りがあるのだが、その一つは基調講演の時間には限りがあることだ。品目が多いほどそのメーカーの技術開発力と多産ぶりが強調できるものの、説明する焦点は分散する。Sonyは出店商品を絞ることで、説明の焦点を絞り、キーノートの効力を最大化したのである。もう一つのCESの縛りは、現行商品を発表してはいけないということだ。先掲のSony Reconsideredの説明によれば、CESで発表される商品が商品化されるのは9ヶ月以上先でなくてはならない。つまり、発表された商品は9ヶ月間、市場に出してはならないらしい。つまり、Sonyが既に開発済みの車載CMOSはもちろん、直近にリリースしたい改良版なども発表できない。SonyはVision-Sという、基本的に商品化するつもりがない(少なくとも9ヶ月以内には絶対に出荷しない)未来のクルマのコンセプトを、ほぼ完成形のプロトタイプとしてCESで発表することで、Sonyが誇るセンサー、オーディオ、AVといった既存資産のポテンシャルをまざまざと見せつける事ができたのだ。

Vision-Sの発表は、単なる賑やかしではなく、かなり練り込まれ、なかなかに痛快で、Sonyここにあり、を体現してくれたサプライズといえるだろう。

今後、クルマの世界は確実にEVシフトせざるを得ないだろうし、自動運転は当然になっていくだろう。自動運転のキモは車載センサーであり、その世界におけるSonyの圧倒的競争力がこのCESで改めての周知となった。同時に「運転」という使役労働から解放されたドライバーはクルマと言う空間の中で何をするのか、に対する答えと実現力をSonyは持ち得ている。そう感じさせるに十分なCESだったと言えよう。

 

引用情報:
*1
SonyReconsoriderd(2020), Sony announced very few products at CES 2020, retrieved from
https://sonyreconsidered.com/sony-announced-very-few-products-at-ces-2020-145c6bbd899f
*2
MONOist(2015), ソニーがイメージセンサーで次に起こすブレイクスルー, retrieved from
https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1511/25/news010.html
*3
TechInsight(2019), Apple iPhone 11 Pro Max Teardown, retrieved from
https://www.techinsights.com/blog/apple-iphone-11-pro-max-teardown
*4
Sony(2019), ソニーの車載用CMOSイメージセンサーは、自動運転の切り札となるのか?, retrieved from
https://www.sony.co.jp/SonyInfo/technology/stories/IMX490/

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