ビスポークD2Cが切り開くアパレルのデジタルトランスフォーメーション 前編
紳士靴が好きな人なら、ビスポークという言葉を聞けば「いつか欲しい」という答えが返ってくるだろう。もしくは「もう持っている」だろうか。以前、ニュース・トレンド枠でビスポークについての言葉の定義や語彙については述べているが、もともとはオーダーメイドの靴のことを指し、現在ではオーダーメイド・スーツのことも指し、更にはクルマやガジェットのカスタマイズまでも含むことがある。基本的にビスポークは高級なニュアンスを纏っていて、いわゆるカスタムとは一線を画す意味で使われることが多い。
ともあれ、そのビスポークの世界がD2C(Direct to Consumer)の世界で大きな注目を浴びている。テーラー、いわゆる仕立て職人によって、丁寧に、ただ一人のお客のために作られる、世界で一つだけのスーツや靴を所有することは、中世以来、最高級の買い物体験として引き継がれてきたものである。マス・プロダクションの時代に突入し、いわゆるブランコと言われる既製服が主流になった現在でも、オーダー・スーツの市場は常に存在し続けている。今回は、スーツやシャツをオンラインでカスタマイズする、ビスポークD2Cのお話をしてみたい。
■D2Cという言葉が持つニュアンスの変化
その前に、D2Cとはなんぞや、について議論してみよう。D2Cという言葉が広まって久しいが、そのビジネス・モデルは、製造元が流通業者を経由しない、いわば中抜きモデルが根幹である。つまり、メーカー直販であり、消費者に届くまでの小売流通経路をショートカットすることで中間マージンをなくし、リーズナブルな価格で商品やサービスを提供する。D2Cの先駆けであり、世界で最もイノベーティブな会社にも選ばれたWarby Parkerはメガネ、ニューヨークで最もイケてるスタートアップに選ばれたCasperはマットレスという数百年変わらなかった伝統的な市場のビジネス構造を文字通りディスラプトしてその名を馳せた。
基本的にメーカーのビジネスモデルは、まず原料メーカーがあり、これを商社などから仕入れ、加工・パッケージング(商品開発)メーカーが小売流通(店舗や配送)に卸売することで成立する。つまり「原料-->加工製造-->卸売-->小売-->消費者」という5段階でマージンが発生することになる。
このうち、卸売の工程をなくし、小売の工程を自社化して、リーズナブルな価格と高品質を実現するのがD2Cである。
では、ECと何が違うのか?
現在、ECビジネスといえば、いわゆるモール型のECモデルを指すだろう。Amazonはもとより、楽天、Yahoo!ショッピングはそれぞれECプラットフォームという電子ショッピングモール(昔はこう呼ばれたこともある)を形成し、いわば仮想デパートを作る。ECモールは物を仕入れない。基本的に店子料や販売手数料、モール内の広告料などで収益を得る。興味深いのは、加工メーカーも卸売も、小規模な小売店も出店しているという点だろう。家電メーカーやアパレルなどがAmazonに直接ショップを出したりするのは既に一般的なことだが、基本的にECモールに商品を供給する主力はいわゆる問屋さんやローカルな小売業である。つまり、メーカー直販、卸売直販、小売の出張店舗、といった形態が混在しており、必ずしも販売プロセスが省略されているわけではない。
一方のD2Cは、いわゆるメーカー直販、すなわち、加工メーカー-->消費者という工程省略を実現する。自社カタログで通販するか直販のECで販売するかは問題ではない。つまり、筆者が高校生の頃お世話になったL.L.Beanや、母親が愛用している健康食品のやずやもD2Cといえる。つまり、D2Cの最初の意味合いは、販売プロセスの省略を実現したメーカー直販モデルといえるだろう。
さらに、現在のD2Cという言葉は「モール型ECでもデパートやスーパーでも手に入らないモノ」を売るビジネス、というニュアンスを纏い始めている。別の言葉で言えば「一般的な小売では手に入らないモノ」ともいえる。
ECという小売販売形態は、よりメーカー直販をしやすい状況を作った。一方で、Amazonはもとより、楽天、Yahoo!ショッピングのようなモール型EC企業はそれぞれの電子ショッピングモールを形成し、積極的にブランディングし、検索エンジン広告を買い、CMを打つなどで集客し、人が沢山集まる場所を作った。各メーカー単体がどんなに頑張っても、オーガニック検索結果で彼らを出し抜いて上位を取ることは今や不可能に近い。検索エンジン広告への出稿と露出マネジメントに莫大なコストを支払って自社ECに誘導するくらいなら、ECモールに出展したほうが効率がいい。結果的に、Amazonや楽天にヒトとモノがあつまることになる。そして、モール型ECは日常的な消費手段となってしまった。逆説的にいえば、今や誰でもアクセスできるが故に、モール型ECで手に入るものは誰でも手に入るものになってしまった。
先述のWarby ParkerはWarby Parkerのサイトでしか買えない。CasperのマットレスはCasperのサイトでしか買えない。アメリカの、特にミレニアル層を中心とした消費者は、いわば「Amazon疲れ」とも言える状態になり始めている。どこで買っても特に差のない消耗品や、既に利用している商品の買い替えや補充などにAmazonはとてつもなく便利だ。しかし、自分らしさを表現したり、自分の価値観で選んだ商品をAmazonで探すのは難しい。何故なら、Amazonのリコメンドは「この商品を選んだ人の90%がこれも選んでいます」というロジックが基本であるからだ。購買特性にフィットさせているとはいえ売れ筋の推奨である。すなわち、推奨に載った瞬間に「ベタ」であることが確定してしまうのだ。現在のD2Cビジネスは単なるメーカ直販ECではなく、ある意味Amazon隆盛の副産物とも言える消費者傾向が後押しする小売形態になってきている。
■SPAとD2C
ビスポークD2Cの話をする前に、もう少しお付き合いいただきたいのがSPAというビジネス形態についてである。
SPAとはSpecialty store retailer of Private label Apparelを略したものだが、要は自社開発商品を自社店舗で販売するモデルで、GAPなどがこれにあたる。SPAという言葉は1990年代に登場し、ファストファッションという言葉を浸透させ、劇的な成長を遂げ、これまでのアパレル業界の構造を破壊した。「原料(生地)-->加工・製造(ブランド化)-->卸売-->小売-->消費者」の工程から卸売を抜き去り、小売を自社化したモデルであり、D2Cとほとんど工程省略の原理は一緒である。唯一の違いは小売形態がリアル店舗であったことだが、現在は皆自社ECを持っている。しかし、彼らはD2Cとは言われない。
ここに、先述した、D2Cという言葉の新しいニュアンスの理由が見て取れる。現在、SPAの旗手と歌われたGAPは惨憺たる経営状況である。原宿交差点のシンボルとも言えた旗艦店はとうに消え去り、本国アメリカでも、今後の3年間で200店舗を閉店する計画だという(バナナ・リパブリックなどの関連ブランドも含む)*1。同じくアメリカのAmerican Apparelも2016年に二回目の破産申請を行い、事業を売却している*2。また、Forever21も今年破産を申請した*3。彼らはいずれも販売プロセスを簡略化し、リーズナブルで高品質な商品提供によって市場を席巻した。彼らの失墜の原因は複合的なものだが、乱暴に言えば、商品価値がベタになってしまった、というのが大きな要因の一つだと筆者は考える。GAPやAmrican Apparelは積極的な店舗展開によって、自らのブランドをベタにしてしまった。Amazonに牽引されたECの拡大によって、それはさらに強まってしまった。GAPはどの街にも店舗があり、直販ECでも買える。そして、Amazonを見渡せば似たようなカジュアル・ウェアはいっぱいあるし、もう少しレアなブランドだって手に入る。GAPを選ぶ必然性はどんどん薄くなっていった。そして、世間は彼らをD2Cとは呼ばない。
一方、同じくSPAの旗手であるZARAやユニクロは、未だその成長を維持し、驚異的な強さを見せている。ZARAは数ヶ月周期でデザインを入れ替え、消費者に同じものが行き渡らないようにしているし、ユニクロはHeat Techに代表される新機能素材を投入しつづけたり、デザイナーを定期に発掘・フィーチャーするなど、ユニークさの維持に常に腐心している。ZARAはZARAのやり方で、ユニクロはユニクロのやり方で、「そこでしか手に入らないモノ」をプロデュースし続け、ベタになることを戦略的に回避している。もう少し厳密に言うと、ZARAはデザインの回転率で、ユニクロはそれに加えて独自性の高い必須アイテムを供給することで、そのポジションを維持している。日本やスペインと言ったアメリカ以外のSPAが存在感を発揮し続けている点は興味深いが、彼らもD2Cとは呼ばれない。
今やD2Cという言葉には「まだ行き渡っていない」もしくは「行き渡りづらい」、すなわち「ベタではない」商材を扱うブランドで、かつ直販ECを主要小売チャネルとする業態を指すようになっている。ベタではなく、かつ、ECなのである。
非常に蛇足で恐縮だが、ユニクロは2018年ころからMeguru Yamaguchiというアーティストをフィーチャリングしている。彼はニューヨーク在住のブラッシュストローク(筆書き)・アーティストで、今最も注目されるアーティストの一人である。彼は10年もの間、ブロンクスのアトリエでブラッシュ・ストロークを磨き続け、近年ようやく陽の目を浴びた。その彼を掘り当てたユニクロには感嘆せざるを得ない。筆者がニューヨーク在住のころ、「カズさん!ユニクロと契約が決まりそうっす!」と語り、バーで突如祝杯が始まったことを思い出す。
■ビスポークD2Cという潮流の出現
これまで書いたように、D2Cとはもはや中抜き型のメーカー直販を指すものではなく、「ベタじゃない直販EC」というニュアンスになっている。言い方を変えれば、非常に狭いターゲットに向けて、独自の哲学を発信するメーカーで、かつ販路はECが主体のビジネスである。その狭いターゲットという点で、メンズ・アパレルという市場がある。アパレル業界といえば、乱暴に言えば、主に女性を向いている。デパートで婦人服売り場は2フロア以上あっても、紳士服は1フロアである。ECにおける次の潮流がアパレルと叫ばれる中で、Amazon Fashonの最初に出てくる画面は基本的にレディースである。ZOZO TOWNも圧倒的にレディースが多い。
そんな中で、メンズ・アパレルという非常に狭い世界でD2Cを展開し、成功した企業がBonobosである。彼らはメンズ・カジュアルウェアにフォーカスしている。ジーンズ以外のボトムと、それに合わせるおしゃれなシャツを基軸として、ブティックで店員に付きまとわれることなくゆっくり品定めできるための環境を提供する。彼らの主力商品であるチノパンは11パターンのウエストサイズ、5パターンのシェイプ、6パターンの丈、2パターンのポケット、そして35色から選ぶことができる。そして、生地の質感や発色を確認するためのショールームも全米主要都市に展開している。ECをカスタマイズかつ購入のチャネルとしつつ、体験用の店舗、いわゆるショールーミングを実践している。店舗はあくまでショールームであり、決済はPCやモバイル経由のECで行われる。商品の受け取りは配送と店舗ピックアップを選択できる。消費者はWEBサイト上でカスタマイズしてイメージを整え、店舗で実際の商品を確認し、必要ならば店員からアドバイスを受け取るが、押し売りされることはない。あくまで自分一人の時間の中で購入を決定する。おそらくは帰る途中のスマホか、デスクで開いたPCから。
この販売形態は、特にミレニアル層に受け入れられた。自分だけのカスタマイズを施し、自分の納得する商品を、自分の意志で手に入れる。こういった商品を好む傾向があるミレニアルには、Bonobosはうってつけだった。しかも、ブティックに並ぶブランドよりは安くて、SPAで売られているような「ベタ」なものではない。彼らは2018年、Walmartに買収されるが、WalmartはBonobosのブランドを独立させ、Walmart店舗でもWalmart.comでもBonobosを購入することはできない。D2Cとしての価値を見極めたWalmartの英断と言えるだろう。
このBonobosと平行してメンズアパレルD2Cのユニコーンと目される企業が、IndochinoとAlton Laneである。両者が手がけるのはビスポークD2C、すなわちオンラインでのオーダースーツ販売である。彼らに共通しているのは、オンライン上でデザインのカスタマイズと注文が可能なこと、そして、自社ショールームを持ち、2着目以降はオンラインだけで購買が可能という点である。両者ともに、生地はもちろん、ボタンやスティッチ、ラペルまでカスタマイズでき、ショールームでアドバイスを受けることが可能だ。両者間における大きな違いは採寸工程と価格帯の違いにある。
Indochinoはオンラインチュートリアルに従って自分で採寸したデータを登録することでオーダーが可能であり、同時に店舗での採寸も可能だ。そして、価格帯は$300以下から提供され、ボリュームゾーンは$599と極めてリーズナブルである。
一方のAlton Laneは、自社採寸が大前提である。原則としてショールームでの採寸、もしくはフィッターを呼び寄せて採寸する出張採寸が必要になる。例外的に、「自分が一番フィットすると思うスーツ」を送ることで、その複製を作るという手段も用意されているが、基本的には自社採寸を原則としている。価格帯は最安値で$595、高いものでは$5,000を超えるスーツを提供している。
そして、彼らは彼らのやり方でD2Cとしての価値を高め、メンズオーダースーツという市場のデジタルトランスフォーメーションを実践している。
次回は、両者が提供する価値とDXについてご説明したい。
引用情報:
*1
Today.com(2019), Gap announces plan to close more than 200 stores in the next two years, retrieved from, https://www.today.com/style/gap-announces-plan-close-more-200-stores-next-two-years-t149677
*2
USA Today(2016), American Apparel topples into bankruptcy again, retrieved from, https://www.usatoday.com/story/money/2016/11/14/american-apparel-chapter-11-bankruptcy/93788450/
*3
CBS News(2019), Forever 21 files for Chapter 11 bankruptcy, retrieved from
https://www.cbsnews.com/news/forever-21-fashion-retailer-files-for-chapter-11-bankruptcy-today-2019-09-29/参考情報:
Bonobos
www.bonobos.com
Indochino
www.indochino.com
Altonlane
www.altonlane.com