CasperのIPO不発とコロナ、そしてD2Cに求められる本質

新型コロナウイルスの世界的蔓延に伴い、世界経済は停滞を強いられている。それは、成功を約束されていたユニコーンも例外ではない。
Casperはマットレスという伝統的業界に風穴を開け、D2C企業の盟主と目される企業の一つであり、2017年頃には、最も成功を約束されたスタートアップの一つとして称賛を欲しいままにしていた企業で、俳優のレオナルド・ディカプリオやスノーボーダーのショーン・ホワイトも出資している。そのCasperが満を持して今年2月6日に上場を果たした。公開直前で予定公募価格を引き下げ、さらには公開後は公募価格を下回った。公募価格は結局13ドルに落ちついたが、7月15日現在の株価はまだ8ドル弱で推移している*1。


出展:Morningstar(2020), Casper Sleep

このコロナ禍のタイミングでの上場は気の毒としか言いようがないが、彼らはそれ以前から様々な批評の目にさらされ始めていたのも事実である。すなわち、直近の財務体質がよろしくない(平たく言うと赤字続きである)ことと、なにより、D2C投資ブームへの警鐘ともいえる論調によるものだ。Casperは、まさにD2Cブームの潮目が変わるタイミングで上場してしまったと言える。

アメリカ発D2Cといえば、アイウェアのWarby ParkerやコスメティックのGlossier、カミソリの歯を売るHarry’sなどに代表される、ミレニアルをターゲットとしたブランドが目立つ。彼らの特徴は、いわゆるカテゴリキラーであることと、オンライン販路への集中、そしてショールーミングである。本来、物販やメーカーは巨大な製造設備や倉庫、物流網を保有し、大量生産を前提としたスタイルでビジネスを展開する。個別のニーズに小ロットで応えるには、屋台骨が大きすぎて儲けが出ない。マスプロダクション製品およびその購買体験のストーリーを「ベタ」と考えるミレニアル層のニーズに応えるべく、D2Cは誕生し、その勢いは、未だ留まることを知らない。一方で、D2C領域にあまりに投資が集中するあまり、「本当に彼らは大丈夫か?」という意見が囁かれ始めていた。そして、この懸念は、コロナ禍によって加速している。

Digidayの記事によれば、2012年以降で30億ドルほどのVCファンドがD2C領域に投資されており、その3分の1の10億ドルが、2018年の単年で投資されているとCB Insight(アメリカの著名調査会社)が発表したという*2。端的に言えば、D2Cの隆盛は実態経済を超えた加熱を見せていて、関係者も薄々それに感づいていたが、コロナ禍が長期成長への楽観主義を消し去ったことで、D2Cブームへの危うさへの気づきを加速させた格好であろう。

一方で、全てのD2Cが危ういわけではなく、やり玉に上がってしまったCasperも、それほどひどい状況にあるというわけでもない。主にEC向けのマーケティングソリューションを展開するDojomojo社のCEOであるAlex Songは、そのコラムの中で下記のように分析している*3。

「そもそも、売上100億ドルクラスのプロダクトブランドが数年で出来上がるのは異常。P&Gが22個の200億ドルブランドをつくるのに200年かかっている」
「短期的な急成長と収益化の圧力をかけるVC、コロナによるD2Cエコシステム(消費市場全体が伸びている中で、一定数を獲得していく流れ)の崩壊」
「競争によって顧客獲得コストが上がり、これを支えるための必要LTVが上がる。成長すれば、流通コストも上がる。D2C乱立の中で全方位的に収益性を確保しつつ、短期急成長を遂げるのはナンセンス」

非常にざっくり意訳する彼の論調はこういうものであろう。

筆者は90%Alexの意見に同意する。彼の言葉に足りないものは、本当に消費者が必要なものを作っていれば、生き残る、ということである。D2C投資ブームは短期的な成長と回収を意識するあまり、マーケティング競争に終止していた点は否めない。実際のところ、件のCasperもかなり積極的なショールーミングを展開し、ニューヨークの地下鉄をジャックする広告を積極的に打ち込んでいた。一方で、似たようなコンセプトのマットレス(オーストラリアのコアラ・マットレスなど)はひっきりなしに出現し、Tempurなどの大手もCasperとほぼ同じコンセプトで商品を打ち出し、Walmartも自社ブランドでAllswellという商品を展開している。一方のWarby ParkerやGlossierにはこれと言った競合が見当たらない。彼らの参入障壁が特別に高いわけではない。両者は共に、ニューヨークなどの大都市にショールームやポップアップを展開しているが、Casperほど多面的でもなく、扇情的に仕掛けない。それでも、彼らには強力な支持基盤があって、コロナ禍でショールームが閉ざされても、堅実な収益を上げている。(もちろんダメージは受けているだろうが)

D2Cブームはコロナ禍によって淘汰が加速するだろう。筆者はマーケティングを生業とするが、マーケティング・ギミックだけでは、人は物を買わないということをこのパンデミックが立証し始めている。プロダクトメーカーにとって最も大切な支持者はVCではなく、消費者である。人々は本当に必要なものを吟味し始め、そこにお金を払うのだ。コロナウイルスは消費を停滞させていると同時に、虚構の霧を払っているのかもしれない。

*1 Mornigstar(2020), Casper Sleep, retrieved from https://www.morningstar.com/stocks/xnys/cspr/quote
*2 Digiday(2020), VCs of DTC: The investors fueling the startup brand boom, retrievd from https://digiday.com/marketing/337342/
*3 Medium(2020), How DTC Startups Like Casper and Harry’s Can Survive This, retrieved from https://marker.medium.com/how-dtc-startups-like-casper-and-harrys-can-survive-this-781e9f648382

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