技術系出身者はデジタルトランスフォーメーションのリーダーに向かないのか

デジタルトランスフォーメーション(以下DX)という言葉は広く使われるようになっているが、その言葉にはデジタル化や技術活用というニュアンスが大いに含まれている。このため、企業がDXを実践する時、それを率いるリーダーは技術者上がり、もしくは技術サイドの人間をプロジェクト責任者に任命する、という判断は一般的に起こりうることであろう。カルチャー・デザイナーという肩書を持ち、多くの大企業の文化改革をコンサルティングしてきたJamie Notterは、自身が委員を務めるForbes誌上で「それは正解ではない」と述べている。

DXはデジタル技術を活用して、企業の形を変え、顧客への提供価値を変える。言い換えれば、企業の文化を変えることになる。しかし、技術中心主義のCIOやCTOがDXを牽引する時、彼らは「デジタル化」を優先するという。ともすれば「デジタル文化」が必要である、と主張する人もいるという。つまり、技術開発を中心としたマインドセットで経営上の全ての事象を捉え、管理しようと試みる。具体的には、実験やプロトタイピング、イノベーションという言葉に代表されるもので、革新的な技術を試験投入し、PDCAを回しながらローリングスタートしていく考え方である。*1

しかし、「それが原子力発電所だった場合、どうなるだろうか?」とNotter氏は述べる。

彼は、デジタルの世界でよく行われる、リーンスタートやβローンチなどを否定している訳ではない。また、原子力発電所のような特殊事例を持ち出して、DXが不可能な業態があることを主張している訳でもない。経営における様々な課題解決のコンセプトが、全てデジタルに基づく必要はないと言うことであろう。まして、企業文化をデジタル文化に変える必要はなく、必要な部分にデジタルを活用すれば良いのだ。そして、技術系出身者がリードする場合、これを取り違えるリスクが大きいということだ。

実際、何らかのデジタル技術が企業の既存スキームに導入されれば、様々なものが変化を余儀なくされる。メール配信や応答が自動化されれば、明らかに顧客への応答スピードが上がるだろう。同時に、社内での確認プロセスは大幅に短縮されるが、人が対応すべき事案との区別は必須であり、その判断基準も明確に設計する必要がある。承認を与える上司にも判断のリアルタイム性が要求されることになる。担当者への評価は、人的対応が減った分の1件1件への上質な応対になるかもしれないし、成約数の増加や解約率の低減かもしれない。ここで企業文化が問われることになる。

デジタル化によって業務が効率化されれば、企業はよりローコストで運用できることになる。先程のメール応答が自動化されれば、顧客は無駄なたらい回しをされることがなくなり、ストレス要因が減る。しかし、これはデジタル化によるプロセスの最適化でしかなく、顧客にとっては減点部分が減っただけにすぎず、新しい価値を生み出せているとは言えないだろう。デジタル化で浮いた時間を対話品質の向上に回したり、対話履歴をデータ分析することで新商品のヒントを得ることが出来るかもしれないし、何より浮いたコストで開発原資を捻出できるかもしれない。一方で、純粋に売上と利益増のために、精密なターゲティング広告費やブランディングに力を割くかもしれない。顧客にとっては、素敵なホスピタリティも、興味深い商品も、情緒的なブランド体験も、今までになかった価値である。どれを価値として提供するかは企業の文化に大きく左右される。効率化そのものは、顧客にとって価値ではない。

先述のNotter氏が述べている技術中心主義の危うさとは、内部のプロセス効率化に終止するあまり、実際に対価を頂く顧客への価値を軽視してしまうことへの警鐘であると筆者は理解する。DXはデジタル化を意味しない。デジタル化によってもたらされる提供価値の創出方法を変えるための、様々な構造変革のことにほかならないだろう。そして、その変革の根幹にあるべきは企業文化であり、効率化自体を文化にすると、DXは実現し得ないという主張である、と見て取れる。

ただ、技術系がDXのリードに向かない、というのは言い過ぎであろう。技術を理解できないバックオフィスや営業、マーケティング系がリードすれば、DXはおろかデジタル化だっておぼつかないことは、これまでの歴史が立証済みである。アメリカでは技術系出身の経営者も多く、技術を勉強し直す文系経営者も多い。一つ言えることは、片方の視点で片方を取り込むことはナンセンスだということだろう。問題の構造を正しく理解して、様々な考え方をリスペクトし、足りない知識は勉強する。それだけでDXは進むのかもしれない。

引用情報:
*1
Forbes.com(2019), Digital Transformation Is Not What You Think It Is, retrieved from
https://www.forbes.com/sites/forbescoachescouncil/2019/09/11/digital-transformation-is-not-what-you-think-it-is/#655babf69b46

参考情報:
Jamie Notter(2018), You Call It Digital Transformation; I Call It Culture Change, retrieved from
http://jamienotter.com/2018/01/you-call-it-digital-transformation-i-call-it-culture-change/

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