DXとは何なのか? − DX Navigatorという試み
DX = DX的なシステムの導入なのか?
デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation, 以下DX)という言葉がバズワードになって久しい。 DXという言葉は、世界的なビジネスシーンにおける流行り言葉のようだが、その氾濫ぶりは日本においてより激しい、と筆者は感じる。
この理由の一つが、2018年に経産省がリリースした「DXレポート」*1なるものの存在であり、彼らがDXの定義する際の引用元であるIDC Japanのレポート、"Japan IT Market 2018 Top 10 Predictions”*2(2017年発表)によるところが大きいだろう。
経産省の「DXレポート」には、下記の様に定義されている。
引用
“DX に関しては多くの論文や報告書等でも解説されているが、中でも、IT 専門調査会社の IDC Japan 株式会社は、DX を次のように定義している。『企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラ ットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソ ーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図る ことで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること』"
詳しくは原文を読まれることをお勧めするが、非常に乱暴に言うと、
「インターネットの特性や関連技術をフル活用して、新しいビジネスモデルを通じた新しい価値を創出することで、企業が競争に生き残るために取るアクション」
と筆者はこれを要約する。
同レポートの主な内容は、企業におけるIT活用のリニューアルの必要性、これを阻む要因、そして、その阻害要因を超えるための対応策と言う構成となっており、ともすれば、現代版IT改革=DXと受け取れる内容である。この影響からか、多くの企業人が 「DXとは、レガシーシステムを廃して、クラウドやビッグデータを活用した今風なIT改革をすること」 のように捉えている感があり、また多くのインテグレータやベンダーもこの読者インサイトに合わせて商品・サービスの開発と販売促進を行っていると見受けられる。
ともあれ、筆者が危惧するのは「DX=システムリプレース」という想起セットが出来上がることで、「DX推進のためには、DX的システムを導入すること」という思考で意思決定してしまう企業が増加し、どこにも新しいビジネスモデルや価値交換など生まれないという残念な結末である。
DXとはデジタルを駆使して生まれる新しい価値交換のしくみ
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは
我々の暮らしやビジネスのスタイルを
デジタル技術によってより良いものに変える
壮大な物語の総称である
我々、DX Navigatorは、DXをこの様に捉えている。すなわち、クラウドやIoT、AI、ビッグデータといった技術や、これを活用したソフトウェアは、DXを実現するための重要な機能ではあるものの、その本質ではないと考える。
DXとは、「デジタルによる価値交換の仕組みの変化」であり、この変化に伴う「ビジネスモデルの変化」の総称である。更には「経済構造の変化」に繋がる、壮大な社会変革そのものを指すことになるだろう。インターネットを背景とした技術や顧客エクスペリエンス、ましてやイノベーションという言葉は必須要素として内包される。システムや組織が古いか新しいかは、乱暴に言えばDXとはあまり関係がない。価値交換の仕組みを変えるために何らかの刷新が必要ならば、それは必須である、ということにすぎない。そして、その価値交換は、”Good Life”、すなわち「より良い生活」の実現のために向かっていくものである。
そして、これは我々の当初仮説に過ぎず、技術や生活の進化によってDXという言葉の意味や構成要素は変化していくだろう。
Good Life実現のためのビジネス変革
ここで、DXの生みの親と言われる、ウメオ大学のElic Stolterman教授の原文を紹介しよう。
同教授は、初めてDigital Transformationという言葉を定義した人と言われているが、その論文のタイトルは
"Information technology and the good life"
とされている。
文中でStolterman教授は、
引用
Good Lifeという言葉を構成する要素は、人間の根源的な欲求とはなにか、というようなものであり、非常に定義が難しいのはわかっている。それでも情報システムの研究とは、人々の理解を助け、進行中の技術革新の中での人々の立ち位置がわかるための知識を生み、定式化するためのものだ、と我々は主張する。
(筆者抜粋要約)
と述べている。
言い換えると、彼は「人類の役に立つため、すなわち、人々のGood LifeのためにIT(の研究)は存在しているのだ」と宣言している。
彼がわざわざ論文タイトルにまで用いたGood Lifeという言葉は、DXが向かう方向性を考える上で非常に大きな指針となる、と筆者は考える。
ビジネスにおいて、最大の目標は儲けることである。より売れる、より利益を確保できるサービスを提供し、ライバルとの競争に生き残り、社員に良い給料を払っていくことが、企業経営の必須命題である。Stolterman教授の論文はあくまで研究論文であり、企業経営の視点で書かれてはいない。このため、ビジネスにおけるDXが如何に重要で、生存と繁栄の必須条件であるかという論点では語られていない。
一方で、ITが持つ本来の価値とは、教授の言うように「人の理解を助け」「知識を生み、定式化する」ことであることは自明であろう。ITは知の効率的な提供によってGood Lifeに貢献するものでなくてはならず、それが失われるようなことがあれば、そのITに価値は見いだせないという教授の思いが、この論文には込められている。
モノや情報が氾濫し、生活のあらゆるシーンにデジタルサービスが浸透し、続々とスタートアップが出現する現代において、ビジネスとGood Lifeの結びつきは極めて重要である。 「仕様」と言う名の下に著しく制約された操作性。デジタルとリアルの利害相反による現場対立。企業は、システム投資や組織体制、資産活用の効率化といった様々な理由で理想的なサービスの提供を歪めてしまう。それでも、これまで積み上げた競争基盤の上で、企業は生き残ることができていた。
しかし、これからは違う。
エンドユーザーは便利で価値あるものを常に求めており、デジタルの波の中で彼らが求める価値は大きく変化しつづけている。市場に価値を提供できる企業とできない企業があるならば、エンドユーザーは前者を選ぶことになる。 この競争原理は昔から変わらない。唯一にして最大の違いは、スピードである。
DXで生き残ること — 価値変化への高速かつ柔軟な対応
デジタルはあっという間に浸透し、進化して、一つの産業を急速に衰退させる事ができる。デジタルカメラは1995年頃に市場に受け入れられ始めたが、それから20年絶たない2012年に世界最大のフィルム会社、Kodakは倒産。そのデジタルカメラ市場も、スマートフォンの出現によって、最盛期の2010年から9年後の現在は4分の1に市場が縮小。Amazonがマーケットプレイスによって書籍以外の商材を本格的に販売開始したのが2003年。現在Amazonは全米リテール売上でWalmart, Krogerに続く2位に上り詰めたが、125年の歴史を誇る元祖通販王Sears、玩具販売最大手で70年のToys“R”Usは相次いで倒産。
Uber(2009年創業)はもはやタクシー会社の配車インフラと化しており、アメリカで流しのタクシーを拾う人は、もはや観光客くらいと言われている。
AmazonやUberなどの破壊者たちに共通するのは、純粋にエンドユーザー価値を追求し、スピーディに実現する点である。彼らは、エンドユーザーが便利でありがたいと思うサービスを実現するためにテクノロジーを駆使する。UIの操作性は常に魅力的かつ効率的に保ち、必要なモノを最高のタイミングで提供するためにビッグデータを用いて予測分析を行う。現行技術で使えるものは使い、無いものは新しく作る。早く実現できて高性能であれば、自社開発もアウトソースも関係ない。すばやく実験・検証し、すばやく実装・展開する。全てはエンドユーザーのGood Life実現から始まっている。
テクノロジーは新しい価値交換の実現に必須であるが、同時に選択可能な機能の一つでもある。彼らは技術開発やツール導入を目指すのではなく、新しい価値をすばやく提供するための技術を常に探求し、選択し、導入するのだ。
もちろん、自社が構築したプラットフォームをレバレッジするという目論見は大いにある。しかし、彼らは、自社プラットフォームに固執して提供価値を歪めることはせず、むしろ積極的に改変を加え続けている。自社資産の効率的利用ではなく、エンドユーザーのGood Life実現に軸足を置いているからこそ、彼らはデジタルでトランスフォーム(変革)し続けるのである。
ともすれば理想論ともとれるStolterman教授のGood Lifeへの主張は、顧客価値創出と同義であり、すなわちビジネスにおけるDXの羅針盤でもある、と言えるのではなかろうか。
DX Navigatorが追い求めるDX
DX Navigatorは
DXという言葉の本質的な解釈を促し
企業が正しい判断を行うための羅針盤となるべく
生まれたメディアである。
冒頭に述べたように、「我々の暮らしや勤労のスタイルを、デジタル技術によってより良いものに変える」という、壮大なDXの物語を創り上げ、実現していく企業に必要な知識と議論を提供していきたいと考えている。AIやIoT、ビッグデータなどはもちろん、ビジネス戦略、マーケティング、スタートアップなどの様々な側面から、小売流通業、製造業、金融業、バックオフィスに至るまで、様々な業界の先進事例などを参考に、多種多様なDXの形を読者とともに追い求めていく。本質的なDXを実現し、Good Lifeに貢献することで、企業がこれからの社会とともに繁栄していくための手助けとなるよう、DX Navigatorは活動を続けていく所存である。
我々が考えるDXの定義はあくまで当初仮説であり、技術の進化と社会変革によってそのニュアンスは変化し続けていくだろう。近い未来、読者の皆様と共に新しいDXの定義を作り出すことができたなら、この上ない喜びである。
引用情報:
*1
経済産業省(2018),DXレポート ~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~, retrieved from
http://www.meti.go.jp/press/2018/09/20180907010/20180907010-3.pdf
*2
日本経済新聞(2017), "IDC Japan、2018年の国内IT市場の主要10項目を発表”, retrieved from
https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP466187_U7A211C1000000/