2020年のDXを占う −「2025年の崖」と「大きなDX」に向けて

あけましておめでとうございます。

今後ともDX Navigatorをよろしくお願い申し上げます。

オリンピックも開催され、色んな意味での節目と目される2020年を迎えましたが、皆様にとっての2019年はいかがだったでしょうか?

筆者個人としては、デジタルトランスフォーメーション(以下DX)という言葉が認知され、重要性も浸透した一方、具体的な進展が見えなかった年と感じています。一縷の望みは、われわれ日本人は戦略性と愚直な努力によって清々しいまでの発展をもたらすことができる、ということをラグビーワールドカップ日本代表が証明してくれたことだったかもしれません。多くの外国籍選手が桜のジャージを着て戦い、日本国民のみならず世界の観衆の心を揺さぶってくれたことで、日本という国家ではなく、日本というグループの概念を改めて顧みるきっかけになってくれたことも非常に大きな出来事だったと思います。

ご挨拶はこのくらいとさせていただき、いつもの論調にもどりたい。

ともあれ、DXである。

いくつかの国内メディアが発表している「国内DX成功事例」の多くは、業務改善の域を出ていないように思われる。ちなみに、筆者は業務プロセスのデジタル化をDXとはカウントしていない。これはカイゼンの一種に過ぎない。日本のお家芸でもあるカイゼンの主たるの目的は業務処理スピードやコスト削減、そしてアウトプットの品質向上である。一方で、DXという言葉が変革(イノベーション)というニュアンスを明確に包含している以上、企業提供価値変革のビジネス・デザインがなければ、それはDXとは呼べないだろう。

2019年7月に経産省が提示した「DX推進指標」*1にもある通り、DXは市場のゲームチェンジに対応するための企業の変革につながるべきアクションであり、IT化やカイゼンはその手段にすぎない。デジタル技術によって既存の価値提供プロセスが書き換わり、価値提供の仕組みが変わってこそのDXである。経産省はこのガイダンスを提示するに当たり、「多くの企業において、実証的な取組みは行われるものの、実際のビジネスの変革にはつながっていないというのが現状」と明示している。

「2025年の崖」がDXを停滞させているのか

さて、2019年、なぜ日本のDXは進展がなかったのだろうか?この現象を説明する、いくつかの仮説がある。1つ目は、中長期経営計画では価値提供変革を目指したDXのゴールが掲げられており、2019年度はその過程としてのデジタル化であったからということ。すなわち、DXの計画は進んでいるが道半ばであるということ。2つめは、残念ながら、デジタル化によるカイゼンをDXと捉えてしまっている企業が多いということ。そして、3つ目は、何らかの社内理由でDXのプロジェクトが停滞し、実証実験(PoC)などの小規模なサイズにとどまっているということである。1つめの仮説があたっているならば、未来はまだ明るい。2つめならば、これを機に直せば良い。問題は、3つめ「何らかの理由による停滞」である。この要因の一つが、旧型システムを使い続けることの弊害と経産省は指摘する。そして、さらにこれを続けると大変な凋落が起こる、という警鐘が、「2025年の崖」である。

この2025年の壁については、詳しくは経産省が2018年9月に発表したレポートを読んでいただきたいのだが、要約すると、旧型の情報システムが障害となってDXが実現できず、さらに旧型システムの賞味期限(メーカー側のサポート終了や旧開発言語の人員枯渇など)によって、2025年以降に企業の業務効率がガクンと落ちてしまう、という現象の予測である。経産省によれば、最大で年間12兆円の経済損失につながるという*2。

筆者はSI企業の営業から1998年にネットベンチャーに転職して、現在までデジタル側の業界にいる。そして、経験上、「2025年の崖」がDX進行の障壁となっている、という主張には極めてリアリティを感じる。

多くの大企業において、基幹システムと呼ばれる領域は、数十年前に設計された閉域システム群が担っている場合が多い。メインフレームやオフィスコンピューター、クライアント&サーバーシステムと呼ばれたこれらは総称して、レガシーシステムと呼ばれる。経産省の主張の根幹にあるのは、レガシーシステムが時代遅れの極みに達しているにもかかわらず、それらは未だ企業の情報処理の根幹にあるため、インターネットを前提とした技術革新に大きな弊害をもたらしつづけ、DXが進まず、市場のゲーム・チェンジに対応できず、日本の国力が落ちるということだ。そして、レガシーシステムを構築したSI企業の多くがそのサポートをやめるのが2025年。そして、そのシステムをいじることができる技術者も当然高齢化して現場から離脱し、壊れても直せなくなるのが2025年ということである。経産省の主張は、例えるなら、営業車にクラシックカーを使い続けている企業に警鐘を鳴らしているようなものだろう。

筆者はSI営業時代、帳票発行システムを官公庁向けに売っていた。これによって役所の膨大な手続きは簡略化され、ボタン一つで公的書類が出力される。受付に30分、発行まで60分(下手をすると後日)という作業が数分で済むので、国も導入を奨励していた。しかし、営業先の情報システム部の部長にこう叱責されたことを覚えている。

「君の提案を採用することによって、50人の部下の仕事がなくなり、移行して障害が起これば私は史料編纂室行きだ。君は我々の人生を変える責任を認識して提案しているのか?」

インターネットの世界に転じても似たような状況は続いた。あまりに入力項目が多い、申込みフォームの項目を変える提案をしたときのことである。

「顧客マスタがあるメインフレームにある。これを書き換えるためのデータカラム1行の変更で数千万円かかる。(ので無理)」

消費者や顧客の体験を改善するための施策にいつも立ちはだかってきたのは、レガシーシステムとこれを管理する組織である。実際、官公庁に限らず、金融業や製造メーカーといった、戦後日本を支えてきた企業はかなりの確率でレガシーなシステムを未だに基幹として使用している。その理由の一つは極めて堅牢なシステムであることなのだが、一方で、旧システムの技術者雇用問題や移行リスク(障害による業務停止や責任問題)の高さによって、新しい仕組みを導入する際の大きな壁として立ちはだかっている現実がある。

言い換えると、どんなに素敵なシステムをフロントエンドに導入しても、活用すべきデータの大元であるバックエンドが旧態然を守る以上、根本的な解決は難しい。そして、DXはその根本を変革しようとする行為なので、多くの企業はここで頓挫する。経産省はこの状況を看破した上で「2025年の崖」という警鐘を鳴らしている。システムの入れ替えには莫大なカネがかかるし、組織のフォーメーションも大きく変更されることになる。それでもやらないと、2025年以降は大変なことになるぞ、ということである。

ボトムアップ型カスタマイズ主義という弊害

レガシーが鎮座することで、改革が進まない、という背景には、我々日本人のカスタマイズ主義との関係も深いだろう。先にも述べたように、我々日本人は現場レベルでの小規模カイゼンが大得意である。いわゆるPDCAは製造ラインにおける改善サイクルから生まれたものであるし、このサイクルを愚直に継続し収斂させるタフさを日本人は持っている。小さなカイゼンは、業務プロセスを少しずつ変化させ、システムもこれに応じて変化する。そして、各企業独自の業務プロセスとともに、カスタマイズにカスタマイズを重ねたシステムが出来上がっていく。現在のレガシーは数十年のカスタマイズの歴史の上に立脚していると言っていい。原型を留めない程にカスタマイズされたそれは、もはや「魔改造」といえるレベルであり、だれもその実態の全てを把握できない。

「2025年の崖」理論はレガシーの賞味期限とこれに伴う未来の危機を説明しているが、移行できない理由については触れていない。「魔改造」によって詳細不明になったアンタッチャブルなレガシーを、どう分解して新世代に引き継がせるかが「2025年の崖」問題の核心である。カイゼンを繰り返し、カスタマイズの上にカスタマイズを重ねた結果の産物をもう一度機能分解し、文字通り断舎離を前提として、新しい環境、すなわち本格的なDXを実行する環境を作る必要がある。いわばDX Ready(DX準備完了)な環境の必要性、という点で、経産省の警鐘は大いに理解できるところである。そして、我々はカスタマイズ癖を直さなければならない。カスタマイズの呪縛から企業システムを開放し、「ありもの」をうまく使い、環境を簡単にリプレースできる環境を構築する必要がある。なぜならDXの成功基準はデジタル業界のスピード感で進化を続けていくので、陳腐化も早い。新しく作ったシステムが、再び魔改造のレガシーになってしまえば、DXは一時的なカイゼンの域を出なくなる。今度は2030年の崖がやってくるだけである。

「大きなDX」という企業の意思

経産省は「2025年の崖」と並行して、先述の「DX推進指標」を提示しているが、ここでIT基盤構築と対で明示されているものに「DX推進のための経営のあり方、仕組み」がある。文字通り、DXを進めていくために経営側が用意して意思決定すべき事柄を定義している。トップコミットメント、企業文化、人材確保、事業への落とし込み、そしてベンチマーキングなどの項目を網羅しているが、これすなわち、DXを経営戦略の基幹として盛り込むべし、と言っているようなものである。

同文書の冒頭で、

「しかしながら、多くの企業において、実証的な取組は行われるものの、実際のビジネスの変革にはつながっていないというのが現状です。」

と明記されている通り、現場レベルでのDXへの挑戦がビジネス変革につながっていない、という日本の現状を指摘している。

ところで、筆者は、DXには「小さなDX」と「大きなDX」があると思っている。そして、「小さなDX」の積み上げの先に「大きなDX」は存在しないとも考えている。その根拠は、いわゆるイノベーションという言葉の解釈から来るものである。

日本語では「革新」や「変革」という言葉で訳されているが、この言葉を作った元祖と言われるシュンペーターが定義するイノベーションは「新結合」である。つまり、今までありえなかった組み合わせによって新しい価値を生み出すということになる。そして、この定義は クレイトン・クリステンセンによって21世紀に発展する。そのクリステンセンは著書「イノベーションのジレンマ」で、イノベーションには破壊的イノベーションと持続的イノベーションの2タイプがある、と説く。

破壊的イノベーションとは、技術やサービスの新しい結合によって、世の中の価値提供ルールがひっくり返るような変革行為である。例えばインターネットと予約手続きが結合したことで、宿泊や航空券の予約購買はほとんどネット経由になった。旅行代理店のビジネスは、ツアーなどのいわゆる募集型旅行商品が主体となり、個人のチケット予約販売ビジネスはExpediaなどのOTA(Online Travel Agent)に完全に奪われてしまい、まさに市場が破壊されてしまった。

一方の、持続的イノベーションとは、従来のビジネスモデルを改善することでサービスを高付加価値化して、市場シェアを維持・成長させることである。

旅行代理店に例えれば、店舗スタッフの予約端末をオンライン化したり、電話による受付体制を強化したり、独自の個人旅行向け商品を開発提供したりすることになる。既存店舗やスタッフ、交通機関や宿泊施設との関係性などの資産を活用して、旅行代理店ならではの手厚く便利なサービスを安価に供給し、大企業としてのサイズメリットを活かしつつ、堅実な変革を狙うわけだが、ご存知の通り、今やビジネス出張や帰省などで旅行代理店の店舗に並ぶ個人はいないだろう。インターネットによって誰でも旅行券や宿泊を予約できるようになり、旅行先の下調べも、価格比較もスマホで出来るようになった現在、従来の個人旅行市場では大きなゲーム・チェンジが起こり、完全に破壊されてしまった。つまり、持続的イノベーションは、日本で言うカイゼンそのものである。既存資産を活用し、プロセスを買えずに付加価値を高める事ができるが、いつか破壊的イノベーションに淘汰されてしまう運命を持つ。

「小さなDX」は持続的イノベーション、「大きなDX」は破壊的イノベーションとほぼ同義と筆者は考える。そして、クリステンセンが言うように、この二者間に連続性はない。駅馬車のカイゼンは馬車の軽量化や高級化、多数頭立てによる高出力化、御者のスキル向上までであり、蒸気機関と「新結合」しない限り、鉄道には変革しえない。そして鉄道にはレールという環境が必要である。つまり、「小さなDX」というカイゼンは破壊的イノベーションたる「大きなDX」にはつながらないのである。

そして、現在の日本は、その得意分野であるカイゼンからのボトムアップに終止するあまり、「小さなDX」の実践に終止しているケースが多い。「そして、その先に「大きなDX」はないので、根本的なゲーム・チェンジが発生する予兆が感じられない。なので、「大きなDX」を経営レベルでデザインせよ、駅馬車のカイゼンではなく、機関車を開発し、機関車がワークするためのDX Readyなレールを引け、と経産省は指摘している。

時代の流れは、新結合による根本的な変革を求めている。その結合とはデジタルとの結合である。その結合をデザインすることが「大きなDX」のデザインであり、「小さなDX」はその部品として機能しなければならない。出来るところから始める「小さなDX」を無作為に積み上げても、根本的な変革にはつながらない。例えば、最高の時計の歯車を開発できたとする。その歯車はこれまでの時計の概念を変える技術的ポテンシャルを持っている。が、これを用いて組み上げる設計図がなければ、永遠に最高の時計にはならない。驚嘆すべき秀逸な「小さなDX」は「大きなDX」を生み出すきっかけにはなる。しかし、それを組み込む「大きなDX」のデザインがなければ、新しい価値は生まれてこないのである。

日本が生み出す「大きなDX」

では、「大きなDX」のデザインを持っている企業は現在の日本にあるのだろうか。筆者の答えはYesである。

農機製造のクボタは、アグリロボと呼ばれる農業機器のラインナップを拡充している。KSASと呼ばれる精密農業支援システムを2014年から提供しているが、これにセンサー付き自動運転トラクターや田植え機のアグリロボシリーズを接続し、作業効率やメンテナンス予測だけでなく、収穫量や成分予測までを可能にする。農機の自動運転は、実は農作業のカイゼンにすぎない。人間がやっていることを機械が自動的にやる、というだけで作業プロセスそのものは変わらない。つまり秀逸な「小さなDX」である。しかし、クボタはこのデータをKSASで吸い上げ、様々な予測情報を農業経営者にフィードバックする。つまり、農業経営者のリソース配分を変革することになる。自動運転によって軽減された作業時間を、天候や収穫量の予測から、収穫時期や栽培品種選択などの正確な意思決定に費やす時間に変える。農家を作業従事者から農業経営者に転換するのである。クボタはアグリロボとKSASによって、農機メーカーから農業ビジネス支援企業に転換するビジョンを持っているのではなかろうか。もちろん、収益の殆どは農機や発動機、プラントなどの販売によってなされるが、農家に提供する価値はモノによるカイゼンではなく、モノを利用することで得られる農業経営の変革と、安定収益を可能にする仕組みだろう。2019年までの様々な施策展開は、2014年から脈々と続くこの「大きなDX」の部品としての「小さなDX」であり、実証実験の本来的なありかたであるとも言える。*3

また、タイヤメーカーのブリヂストンは、タイヤのサブスクリプションにチャレンジし、成果を上げている。運送業など、タイヤを必須消耗品とする顧客はブリヂストンにとっては重要顧客である。彼らはTPP(トータルパッケージプラン)と呼ばれるサブスクリプションモデルを提供する。タイヤに設置されたIoTセンサーによってタイヤの摩耗状況を測定・予測し、タイヤ交換のタイミングを知らせる。最初に装填したタイヤの摩耗時に「貼り変え」を行い、タイヤ本来の寿命を使い切り、トータルコストも抑制する。摩耗パターンや利用状況を分析し、全面交換時には最適なタイヤを提供する。しかし、これだけでは購買・装填・摩耗・交換というタイヤ管理のプロセスは変わらず、いわば「小さなDX」である。彼らが提供する「大きなDX」のデザインは、年単位でのタイヤマネジメントを請け負うことで、運送業の経営資源を最適配分できるようにする経営支援という価値提供である。タイヤの定期的な監視と点検、メンテナンスを行うことで、顧客側はタイヤマネジメントから開放され、本業に集中できる。また、サブスクリプションモデルを適用することでタイヤコストが月額一定になり、秋冬のタイヤ交換ピークがなくなり、キャッシュフローも安定する。さらに、低燃費タイヤによる燃費効率とコストインパクトも可視化されるので、タイヤの単価ではなく、燃料費を含めたランニングコスト全体が下がるのなら、高くても良いタイヤを採用すべきという意思決定が生まれる*4。ブリヂストンは、タイヤの販売・装填・摩耗・交換、そしてコスト管理というプロセスをまるごと運送会社から省略するDXを提供するのだ。

日本における2019年のDX事例は、RPAやAIによるテキスト応答など、サービス業務やマーケティング業務での効率化に終止していた感がある。その一方で、いくつかのB2Bメーカーは生き残りをかけ、数年がかりの大きな変革にチャレンジしている。「大きなDX」の絵を描き、この部品たる「小さなDX」が機能するレールを用意し、少しずつパズルを完成させている企業が確かに存在しているのである。2020年は、そんな企業達が具体的に成功を手にする年になるかもしれない。彼らの成功が日本市場にもたらすヒントと刺激は、DX実現の手本となり、多くの企業を本質的なDXに導いてくれるだろう。一方、大きなDXのデザインに着手せず、レガシーを捨てられず、現場レベルのカイゼンに終止する企業たちは本当に崖の下に落ちることになるだろう。いずれにせよ、2020年は、DXで生き残る企業の明暗を分ける分水嶺になると筆者は考えている。

日本のDXは正念場となるが、DXを考える皆様にとって刺激的な一年になるのは間違いないだろう。そして、我々DX Navigatorも、皆様の挑戦を支えていくべく、DXのさらなる情報と分析を提供していく所存である。

本年もよろしくお願いいたします。


*1 経済産業省(2019), デジタル経営改革のための評価指標(「DX推進指標」)を取りまとめました, retrieved from
https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190731003/20190731003.html

*2 経済産業省(2019), DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~, retrieved from
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html

*3 クボタ(2019), 開発中の自動運転農機3機種の試作機を公開~お客様のニーズに対応したラインナップ拡充で、自動運転農機の普及を目指す~, retrieved from
https://www.kubota.co.jp/new/2019/19-04j.html

*4 日経BP社(2019), サブスクで価格競争から脱却し成長軌道へ | 経営者を成功に導く 新・サブスク経営学 -
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/ONB/19/microsoft1016/vol2/index.html

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