イーロン・マスク訪中から考えるDXと国家
Daniel Oberhaus (2018)

デジタルトランスフォーメーション(DX)を国家レベルで考える必要もあるだろう。

実際のところ、DXは企業改革のバズワードとなっている感じがある。しかし、ビジネス戦略においてPEST分析*1というフレームワークがあるのだから、企業が所属する国家の影響を受けることは明白だ。つまり企業のDXも国家レベルのDXの影響を受けるということでもある。Forbesの記事によると、イーロン・マスクは中国に頻繁に出張し、着実に成果を上げているという。彼が抱える主力ビジネスであるTeslaは既に上海に巨大な工場をロールアウトさせ、同社が生産するEV(電気自動車)に自動車消費税10%の免税を取り付けたという。同誌は、中国に取り残されたアメリカと日本、という論調でマスク氏の活動成果を語っている。

アメリカは有効なEV政策を打ち出せていない。厳密に言えば、テスラを始め、アメリカの自動車産業自体は頑張っているが、EVの売上は伸び悩んでいる。2018年時点でのJP Morganの予測によると、2020年になっても世界のEV浸透率は12%程度で、2025年で32%程度となっている*2。そしてアメリカは未だ、世界最大の自動車消費国であり、この伸び率予測の悪さは、アメリカの伸びが低調であることの裏返しだ。皮肉にもシェールガス革命によってガソリン価格が下がり、多くの市民は未だ、EVやPHV(プラグインハイブリッド車)よりもガソリン車やディーゼル車を好む傾向にある。また、EVはリセールバリューが低くなる(バッテリーの劣化を嫌われて値が付きづらい)ことも要因の一つとされている。

一方の日本は、PHV車の普及を推進しており、2017年時点の普及率は30%を超え、1位のスウェーデンに次ぎ*3、トヨタは全車種へのEV展開を従来の2030年から2025年に前倒しすると発表している。このトヨタの決断は、おそらくは次の自動車消費大国となる中国を意識してのものであり、中国バッテリーメーカー大手、CATLとの提携によってEVの心臓とも言えるバッテリー供給のめどが立ったからだろう。そして、中国は国を挙げてEV化に取り組み、2025年までにEVとPHVのシェアを20%まで引き上げる予定であるという。*4

Forbesの記事は、EV化促進の話というより国を挙げてのクリーンエネルギー化の話になっており、日本とアメリカが完全に中国にビハインドしていることを揶揄する論調である。実際のところ、トランプ政権以降、アメリカは環境問題やクリーンエネルギー推進のトーンをかなり下げた。日本は先述のトヨタのようにメーカーレベルではEV導入の積極化を進めているものの、エネルギーインフラがまだ化石燃料や原子力にこだわっている。日米両国とも過去の遺産から離れられず、中国が先行を始めて日米は後塵を拝し始めている。というのが同記事の主たる視点である。

実際のところ、経済産業省が発表した資料によると、2018年度の日本のEV充電機普及数は約3万台。人口が6分の1のオランダの3.3万台にも及ばず、アメリカの4.5万台どころか中国の21.3万台にも遠く及ばない*5。そして、この時点で大きなリードを得ている中国は、さらにEV化を加速させるために国家として積極的に推奨活動を展開しており、その証拠の一つがイーロン・マスクの訪中とテスラへの待遇である。

EVやクリーンエネルギーのコア技術を持つ企業は未だ日本とアメリカが多いだろう。一方、国家が彼らを支え、積極的なシフトを支援しているかという点では、明らかに中国に軍配が上がる。これをデジタルトランスフォーメーション(DX)視点で考えると、国家とDX、もしくは企業経営とDXの関係性の重要性が見えてくる。先進的な技術やイノベーションは、少なからず過去の成功体験と収益構造を破壊することになり、明日の糧に全力を尽くすビジネスの世界では既存のマジョリティがすべて抵抗勢力になりうる。だからこそ、未来を見据えた長期ビジョンはもちろん、変化することそのものへの短期メリットをプレイヤーに提供しなければ、DXは袋小路に入ってしまうだろう。なぜなら、短期的に見れば「変わらない方が効率が良い」のが普通であり、多くのビジネス・パーソンは日々の達成目標のために動いているのだから。DXプロジェクトを推進するなら企業のトップが、企業のDXを推奨するなら国家がリスクを取って、DXプレイヤーの動きやすい環境を作る努力をしなければならない。でなければ、優秀な人材はその企業や、下手をすると国家まで見限ってしまうだろう。イーロン・マスクの動きはそんな象徴なのかもしれない。

EVやクリーンエネルギーのコア技術を持つ企業は未だ日本とアメリカが多いだろう。一方、国家が彼らを支え、積極的なシフトを支援しているかという点では、明らかに中国に軍配が上がる。これをデジタルトランスフォーメーション(DX)視点で考えると、国家とDX、もしくは企業経営とDXの関係性の重要性が見えてくる。先進的な技術やイノベーションは、少なからず過去の成功体験と収益構造を破壊することになり、明日の糧に全力を尽くすビジネスの世界では既存のマジョリティがすべて抵抗勢力になりうる。だからこそ、未来を見据えた長期ビジョンはもちろん、変化することそのものへの短期メリットをプレイヤーに提供しなければ、DXは袋小路に入ってしまうだろう。なぜなら、短期的に見れば「変わらない方が効率が良い」のが普通であり、多くのビジネス・パーソンは日々の達成目標のために動いているのだから。DXプロジェクトを推進するなら企業のトップが、企業のDXを推奨するなら国家がリスクを取って、DXプレイヤーの動きやすい環境を作る努力をしなければならない。でなければ、優秀な人材はその企業や、下手をすると国家まで見限ってしまうだろう。イーロン・マスクの動きはそんな象徴なのかもしれない。

[筆者注]
*1 PEST分析
ビジネス戦略、主にマーケティングにおいて用いられるマクロ環境分析のフレームワーク。Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4象限から対象となる国や地域の市場分析を行う手法。

[参考記事]
*2 JPMorgan(2018), Driving into 2025:The Future of Electric Vehicles, retrieved from
https://www.jpmorgan.com/global/research/electric-vehicles

*3 CarWatch(2017), トヨタ、2025年を目途に全車種に電動車を展開し、エンジン専用車は廃止へ, retrieved from
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1097628.html

*4 日経ビジネス(2019), 大幅前倒しへ、トヨタがEV戦略で「心変わり」した理由, retrieved from
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00113/00015/

*5 経済産業省(2018), EV/PHV普及の現状について, retrieved from
http://www.mlit.go.jp/common/001283224.pdf

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